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群馬県民スレPart3

139凡人:2016/04/05(火) 02:04:13 ID:1h3K8A8Y0
再生、再生?一時的な落ち込みのように聞こえる。知性も学問もあったものではない。一体何年前から同じことを言ったり、やっているのかと言いたい。ここまでくるとリーダーたちの頭の具合が心配される。笑。
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協力隊員3人 新たな一歩 富岡の養蚕再生へ期待担う【群馬】
2016年4月2日 東京中日

左から床田千穂子さん、高橋淳さん、上原和江さん=富岡市役所で

 世界文化遺産・富岡製糸場を抱える富岡市で地域おこし協力隊として養蚕再生の期待を担う3人が1日、新たな一歩を踏み出した。養蚕担当は計4人となり、富岡産シルクのブランド化や養蚕の継承などの課題に挑む。市役所でこの日、委嘱式が行われ、岩井賢太郎市長は「富岡製糸場を中心としたまちづくりに力を発揮してほしい」と期待した。 (大沢令)

 協力隊員に委嘱されたのは、高橋淳さん(29)と上原和江さん(41)、床田千穂子さん(36)。三人は県蚕糸技術センターや養蚕農家で研修や実習を受け、養蚕の基礎から習得する予定。任期は最長三年。

 高橋さんはウェブ制作会社勤務を経て、二〇一四年一月から今年三月まで岐阜県白川村の地域おこし協力隊員として情報発信を担っていた。

 高崎市出身で、実家は今も繭の仲買商。農家から買い上げた繭を富岡製糸場に卸したこともあるという。父の仕事を手伝うなど養蚕文化に幼いころから接していた。「富岡製糸場も農家がゼロになったら、本当の意味でその価値は薄れてしまう」と危機感を抱いている。「養蚕農家を増やすためのグリーンツーリズムの事業化や、繭や桑の実を使った六次産業化を研究したい」と意気込む。

 上原さんは織物で生計を立てようと、二〇一二年から奄美大島で新商品開発をしていた。養蚕の技術を習得しながら、市内で起業することを考えている。「ここでしかできない商品を作りたい」と話した。

 大阪で医療計測機器の会社に勤めていた床田さんは市内に定住し、手芸や編み物作家として生計を立てることを目指している。「糸から作品を作りたい。私のように養蚕農家に憧れている人にも道筋を付けられたら」と力を込めた。

 市内の養蚕農家は十二戸にとどまっている。富岡産シルクのブランド化などのために市は繭生産を約十トンまで増やすことを目指しており、今後も養蚕の地域おこし協力隊員を増やしていく予定という。


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