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高崎経済大学の人物一覧

413凡人:2010/05/12(水) 09:58:30 ID:Th5zAw.o0
NPO法人 ひがし大雪自然ガイドセンター
代表理事 河田 充(かわだ みつる)

1960 3月3日に岡山県で生まれる
1978 群馬県の高崎経済大学で日本史を専攻。
    サイクリング部
1982 大和精工に就職。営業職。東京勤務。
1984 札幌に転勤
1986 岡山に転勤。山登りをはじめる。
1987 退職して、糠平に移住。結婚。
    地元旅館のふろそうじから始める
1997 地元の信頼を得て、独立。
2001 NPO法人ひがし大雪自然ガイドセンター設立

岡山で生まれた河田さんが、なぜ糠平でネイチャーガイドを? 誰もが不思議に感じるところだ。田んぼに囲まれた里山で育った河田さんは、遊びといえば虫をつかまえたり、凧揚げをしたり。まさに映画「オールウェイズ3丁目の夕日」の世界で子ども時代を過ごす。中学生以降は自転車に夢中になり、1日100キロの距離を走り回っていた。「当時から僕は雪のある風景が好きで、鳥取や兵庫の方へ良く出かけていました。瀬戸内は雪が少ないからね。人は無いものに憧れるんですね(笑)」。  群馬の高崎経済大学に進んだときは近くに浅間山などの雪山があると知り「しめた!と思った。山を越えれば信州ですから、僕にとって最高の環境でした」。大学ではサイクリング部に所属し、3年半、ずーっと自転車に乗る生活をおくる。当時の最長宿泊日数はなんと22泊!キャンプをしながら北海道まできたという。

 卒業後は釣り具メーカーに就職し、一度は札幌に転勤したこともある。「雪のあるところに行きたかった僕はこのとき心の中でガッツポーズ(笑)。札幌時代は、当時流行り始めたテレマークスキーにはまりかけたり、釣りをやったりと、楽しい思い出がたくさんあります」。しかし残念ながら次の転勤で岡山へUターンすることになり、そこで登山と出会う。当時は今と異なり、中高年層は少なく若者が多かった。「最初はハイキングなどの軽登山だったのに、だんだんはまってボルタリングや雪山など何でもやるようになりました」。1986年国体では登山競技の岡山県代表にもなっている。

5年間の会社勤めを経て、1987年北海道上士幌町ぬかびら温泉に移住。10年のアルバイト生活の後、自然体験を提供する「ひがし大雪自然ガイドセンター」を設立。大雪山国立公園東部地区で、自然体験・環境教育・環境保全活動を展開している。現在、妻と3人の娘、犬1匹と暮らす。北海道自然保護監視員、環境省自然公園指導員、日本山岳ガイド協会会員。

ひがし大雪自然ガイドセンターは、十勝北部、上士幌町の糠平温泉街にあります。糠平温泉郷を訪れるお客様に、大雪山東山麓の大自然を楽しんで頂くプログラムを提供し、同時に地域づくりに資するという目的で平成9年にスタートしました。(平成13年にNPO法人として認証)

27歳の時に、小さい頃から大好きだった雪や氷がキラキラ輝く風景を求めて北海道へ。退職前に、糠平に住んでいた知り合いを訪ねた真冬の2日間が、河田さんが糠平に住むきっかけになったとのこと。まずは糠平に住み、それから帯広等で職探しをしようと考えていた河田さんに、本当に親切にしてくれたのが糠平温泉郷のみなさん!住宅の手配から、温泉郷にある様々な仕事をお世話して下さったそうです。

それから10年間、真面目で一生懸命にあらゆる仕事に取り組む河田さんに、素晴らしい転機が訪れます!「糠平を訪れて下さるお客様に、東大雪の大自然をもっと楽しんでもらおう!」と、糠平温泉の新たな体験プログラム<ネイチャーウォッチング>を始めることになったのです。これが、ひがし大雪自然ガイドセンターのスタート!!


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