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無差別級

87闇夜の鮟鱇★:2011/07/13(水) 09:43:00 ID:???0
  ●●●宇宙の外側に何があるのか?●●●(4/4)

その場合、一番考え易いのは、固体が存在しない世界ですかね。
液体と気体だけからなる世界では、一つ二つと数えること自体、
余り意味がなくなるでしょうからね。
無論、一滴二滴と数えることは出来ますが、その場合、
『一滴たす一滴は一滴』ということになりますよね。(^^;)

つまり、1+1=2という公理的な認識自体が実は、
固体のようなものが存在する世界での経験から導かれた、
一つの経験則であるということになると思います。

ところで最近、見た映画に『メトロポリス』というのがありましたが、
これは戦前のドイツ映画で、無声映画の傑作とされる作品でした。
私には、それほど大騒ぎするほどの代物とも思えなかったんですが、
実は、監督のフリッツ・ラングというのが改宗ユダヤ人だそうですから、
それで、例のユダヤびいきがあるのかもしれませんね。


ただ、この映画で私がひとつ気になったのは、
『頭と手をつなぐものは心でなければならない』という表現でした。
実は、これはこの映画の中心テーマに他ならなくて、
頭としての資本家と、手としての労働者の和解を描く物語は、
ヒットラーの受けも良かったそうです。

まあ単純に考えれば、そのテーマの意味する所は、
感覚的には、我々にも何となく分かりますよね。
つまり『資本家と労働者が対話を通じて相互理解する』
ということを『頭と手を心でつなぐ』と表現したんでしょうね。

その場合『資本家は頭、労働者は手』という単純化も、
少し引っ掛かりますが、それはともかく、我々日本人からすると、
頭・手・心という三分法が何とも不可解な感じがした分けです。
まあ、近代では日本人も肉体と精神という二分法には慣れたので、
頭(精神)と手(肉体)を対置する発想は無理なく受け入れられると思います。


でも、頭と心を対置して考えるという発想はどうなんでしょうか。
頭を理性、心を感情と言い換えれば、少しは分かり易いですが、
理性と感情は脳の二つの機能ではあっても、頭と心を、
二つの実体と見なす発想は、日本人には余り馴染みがないでしょうね。

つまり、我々の常識では脳の働きとして理性と感情の二面がある分けで、
理性(頭)と感情(心)を独立した別個の存在として把握するのは、
かなり無理があるように見えます。
実はこの映画の脚本家が、フリッツ・ラングの妻であるドイツ人なので、
ここにはドイツ的な発想が濃厚に反映されているのかもしれません。

つまり、頭・手・心という三分法がドイツ的な形而上学であるというか、
その辺の形而上学的な理解の仕方が、いかにもドイツ的という感じですね。
ヨーロッパでは、大陸の合理主義と英国の経験主義という分け方をしますが、
東洋でも大陸の中国が合理主義で、島国の日本は経験主義という二分法が、
大体は当てはまるような気がします。
この辺にはやはり、地形的な影響があるのかもしれませんね。


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