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無差別級

2闇夜の鮟鱇:2003/11/29(土) 10:05 HOST:219.net219106204.t-com.ne.jp
(以下は、私がよその掲示板に書いた内容の再録です。)
http://bbs8.otd.co.jp/877101/bbs_plain?base=419&range=1

□ 419 New Re:求めれば得られる 25 Nov (Tue) 10:07 返信する
From:闇夜の鮟鱇 URL:http://www2.tba.t-com.ne.jp/a-z/
  >日本ではキリスト教はあまり馴染みがありません。
  >いろいろな誤解や偏見があるでしょう。
まあ、人それぞれに救われる道は違うでしょうから、
他人の信仰についてとやかく言う気はありませんが……
『キリスト教に対し日本人が誤解や偏見をもっている』
という論点については、私には違う見方があります。

私は昔、世界をざっとひとめぐり貧乏旅行した経験があるんですが、
その経験から言えることの一つは、日本も西欧も米国も、
皆、それぞれが『東を見て生きている』ということなんですよ。
例えば、日本人にとって外国と言えば、先ず何よりもアメリカですよね。
そして、その米国人にとって外国とは、西欧であり特にフランスなんです。

ならば西欧人にとっての外国はどうかというと、
決して、米国が筆頭に来ることはありません。
基本的に西欧人は歴史の浅い米国なんか馬鹿にしてますから、
彼らにとって外国と言えばむしろ、日本を含めたアジアなんですよ。
そうした傾向は、各々の国民が外国語を学ぶ時の選択に影響しますし、
また、色々な学問の研究対象を選ぶ時の基準にも影響します。

その結果どうなるかというと、日本人は米国を詳しく知り、
米国人は西欧を、西欧人はアジアを詳しく知ることになる分けです。
ここで注意して欲しいのは、日本人と西欧人とはそれぞれ、
全く異なった文化を知ることになりますが、米国人だけは、
単に米国と西欧というある意味で共通した文化の中だけで、
話が済んでしまうということになるんですよね。

そうした事態が、各々の国民の宗教に対する態度として、
大きな影響を持つように思うんですよ。
つまり、日本人は仏教と共にキリスト教的世界を知っていますが、
西欧人もキリスト教と共に、仏教やヒンドゥー教を知る分けです。
こうして、全く異なる宗教的文化に日常的に接しているということは、
宗教というものに対し、一歩距離を置く姿勢につながると思うんです。

日本人の『信仰心』が余りあつくないことは良く知られていますが、
西欧人についても大体、似たようなことが言えますよね。
それに比べ、米国人の方が特殊だと言うべきなんです。彼らの場合、
話が全てキリスト教的な世界の中で完結してしまうわけですから、
日本人や西欧人に比べて、
宗教的に単一な環境の中で純粋培養される分けです。

その帰結として、米国では今でも、
進化論を学校で教えるのを禁止する州があったりするんですよね。
つまり、人間は神様が作ったのであって、
『猿から進化した』なんてとんでもないという分けです。
ですから、ある意味でそういう米国人の方が特殊な存在なんであって、
日本人がキリスト教に対して懐疑的であるとしても、
それを誤解だの偏見だのと言うのは当を得ていないと思います。


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