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:
闇夜の鮟鱇★
:2013/07/29(月) 12:25:26 ID:???0
●●●平家物語で気になった幾つかの問題●●●(6/7)
それから、以下は今年度の講読に関して思ったことですが、
例の殿下の乗合事件に関して気になることがありました。
平家物語では、この事件は『祖父の清盛が主導して、
孫の資盛の為に復讐した』ということになっている分けですね。
ところが、歴史の様々な資料からして『実際は、
父親の重盛が息子の為にやったというのが真相である』
という風に考えるのが現代では主流のようです。
つまり、平家物語の中で清盛を悪人として描く上で、
全体の構図を作り変えたのだろう、という話なんですね。
でも、これまた当時のある貴族の日記によると、
『あの温厚な重盛が、本当にそんなことをしたとは、
信じられない』みたいに書いてあるんだそうです。
で、あくまでへそ曲がりみたいですが……私としては、
ひょっとして、ここは平家物語の方が真相に近い、
と考える可能性はないのかと思った分けです。
つまり、当時の清盛は出家して、仏道に励もうとしていた時期でもあり、
自分が起こした悪行を敢えて重盛に押しつけたのではないか、
そして、重盛の方も全てを知った上で、敢えて父の為に、
それを受け入れたのではないか、ということですね。
まあ、その辺は更に資料を集めて分析しないといけないというか……
最終的には証明不可能なことかもしれませんけどね。
それからもう一つ、これは特にネット上の議論ですが、例の鹿ヶ谷事件が、
清盛によるでっちあげである、という説が結構根強い分けですね。
でも、この点にしても、私は平家物語の記述は、
むしろ、十分信頼がおけるのではないかと思います。
というのも『鹿ヶ谷でっちあげ説』の最大の根拠というのが、
『そのタイミングが清盛に取って都合良過ぎる』という点にあるからです。
つまり『法王の命令に従って、このまま山門(比叡山)を攻めれば、
平家一門は仏敵となってしまう』ということを清盛が恐れ、
あんな陰謀事件をでっちあげて山門攻めを中止する一方で、
それを政敵排除にも利用したと考える分けですね。
でも……そもそもの問題として、息子重盛の義弟にあたる藤原成親を、
清盛が何の罪もないのに陥れて殺害する、などということは、
非常に考えにくいことではないでしょうか。
それに実を言うと、これは平家物語にはきちんと書いてないことですが、
むしろ成親の側に取って、そのタイミングは不可欠だったと思われます。
というのも、まだまだ平家の勢力が強いあの時点で平家を倒す為に、
『平家に山門を攻めさせた上で、都の兵力が手薄になった隙をつき、
源行綱たちが清盛宅を急襲して、その首を取る』
という作戦ではなかったかと、私には思われるからです。
因みに、鹿ヶ谷の謀議の時、その内容を初めて知らされた静賢法印が、
『誰に聞かれているとも知れないのに無謀だ』と青くなった、
という話が出て来ますが、恐らく源行綱は、
それを聞いて恐くなり、寝返ったのではないでしょうか。
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