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闇夜の鮟鱇★
:2011/12/11(日) 12:03:07 ID:???0
●●●万葉解釈とタミル語起源説●●●(1/4)
また少し間があきましたが……人麻呂刑死説に関しては、
古典講読の第31回で、更に決定的な証拠が出てきましたね。
持統天皇の伊勢行幸の時、人麻呂が都で留守居役をしたようですが、
その時に彼が詠んだ『伊勢留京歌』というのが、三首ありました。
その三首の内の最後のものが、これなんですね。
http://www6.airnet.ne.jp/manyo/main/one/m0042.html
潮左為二(しおさひに)
五十等兒乃嶋邊(いらこのしまべ)
榜船荷(こぐふねに)
妹乗良六鹿(いものるらむか)
荒嶋廻乎(あらきしまみを)
(うしおが騒ぐ中、伊良虞島の付近を漕いで行く小舟には、
あの子も乗っているだろうか、島の回りは波が荒いはずだが。)
三首とも宮女に関する歌ですが、ここはそれを妹(いも)と表現してますから、
『宮女の中に人麻呂の恋人がいた』と見て間違いないのではないでしょうか。
講師は何故か、そうした見方を敢えて否定していたようですけどね。
という分けで、私としては色々と空想を巡らすことになったわけですが……
一つの可能性として、次のようなことが考えられると思います。
前にも少し書きましたように、女帝の持統天皇時代には、
宮女もある意味で、暇と体を持て余していたんでしょうね。(^^;)
ですから、人麻呂が後宮に入り込むことが黙認されていた可能性があり、
その結果、この歌が示すように、人麻呂の恋人がいたと考えられます。
ところが、持統天皇が譲位して文武天皇に代替わりすると、
後宮への出入りが厳しく制限されるようになって、その結果、
人麻呂は彼女に会えなくなってしまったのではないでしょうか。
例の『ただにあはぬかも』の歌は、その辺の事情の表現とも思われます。
ひょっとすると、その歌自体、人麻呂が彼女との密会を画策して、
こっそりと彼女に送った歌と考えるべきかもしれませんね。
その手紙がばれたか密会現場を直接、抑えられたかは知りませんが、
このことが原因で、人麻呂は刑死したと考える可能性があります。
仮にそうだとすると、例の鴨の当て字にしても、単に『ふざけている』
という以上に、何か密会の現場を暗示する符丁かと最初は思いました。
つまり、鴨と言えば二人にはピンと来る場所があったということです。
でも、色々調べた結果、助詞の『かも』に鴨という字を当てる書き方は、
人麻呂が作った他の歌にもあって、この発想は駄目のようです。(^^;)
因みに、直不相鴨(ただにあはぬかも)という全く同じ表現が、
万葉集には、もうひとつあるのを発見しました。
この歌は人麻呂よりも後代の歌ですから、この場合は、
人麻呂の歌の表現をそっくり借用したのかもしれませんけどね。
http://www1.kcn.ne.jp/~uehiro08/contents/parts/68.htm
安太人乃(あだひとの)
八名打度(やなうちわたす)
瀬速(せをはやみ)
意者雖念(こころはもへど)
直不相鴨(ただにあはぬかも)
全く同じ表現と言えば、以前に引用した人麻呂の歌とそっくりの歌が、
第35回の笠女郎が大伴家持に贈った歌に出てきたのには驚きました。
思ふにし 死にするものに あらませば
千たびぞ我は 死に還らまし
以前に引用したのは次の歌ですが、発想や表現が酷似していますから、
これまた、人麻呂のパクリと考えるのが自然のような気がします。
http://jbbs.livedoor.jp/study/3729/storage/1162001315.html
#4
恋するに 死にするものに あらませば
我が身は千たび 死にかへらまし
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