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自殺は正しい?
43
:
e4
:2009/04/16(木) 19:58:52 ID:V12x6fAg
本質的に確定された自己というのは客観的に不変不滅の「自己」ということでしょうか?
自己が常に変化し続けることは事実ですが、変化の前提となる「自己そのもの」は不変であり、
主観的客観的認識の変化の影響を混合させることは少々不自然である気がしますがどうでしょう?
自分という認識は他者との相対性の中で機能する概念ですが、
他者と自己の具体的区別を成立させることと、本質的な自己の有無とは何ら関係性がないように僕は思うのですが・・・
世界とは全ての自我、主観的精神世界の集合体として物理的な変革と共に存在しています。
全主観のネットワークが世界である、(少なくとも人間社会である)これは事実ですが、
しかし、ネットワークをどう駆使するかは、これは個々の精神世界のルールにより千差万別変化しますし、
ネットワークを拒否(厳密には部分的拒)する人間の精神世界すらも他者にとっての客観的精神世界として機能する側面を考えるなら、
世界の成立、自己の発展にとって、それらが否定的に解釈される理由や道理は無いわけです。
あなたは宇宙論的観点から精神考察を試みているようですが、それらは、あくまで「そのような解釈も可能である」という域を逸脱するものはなく、
そうした解釈が普遍的に適切か否かということとは無関係であり、加えて僕の精神世界を上記のレスからの断片的に把握したという前提を考慮しても、
妥当なラインまで論理的に理解出来たとは到底思えないし、
不完全な理解状態で「個人という視点からではなく、もっと大きな視点で見ることが出来たら世界は変わります」
というのは、こうした場合肝要な判断保留を思考停止によって放棄しているように僕には思えます。
他者との繋がりが希薄であることと、個人的見地からの信念、
アイデンティティーの確立とはリンクすることはあれ、イコールでないことは明白ですが分かりますよね?
僕とあなたは立っている世界がまるで違う。そして、世界とは立ち位置の異なる無数の主観同士が強弱、長短、正負、
それぞれの要素の総合的性質を以てリンクしている。
しかし、こうした繋がりというのは、「一般的に解釈される繋がり」のみを適用して語ろうとすると、必然的に無理が生じます。
たとえば独我論的見地から言えば、自己を除く全ての存在は意識現象としての夢幻的な「繋がり」でしかない。
よって、他我を自我と同列に扱うことそのものが、独我論においては前提として破綻する。
しかし、夢幻的であれそうした意識現象の中に自己のコントロールを超越した領域が存在することで、「繋がり」を実感出来るわけです。
(完全な独我論者の場合不可能ですが。)
しかし、物理的世界や他我を自我と同等に評価する人間にとっては、こうした繋がりは到底繋がりとして肯定可能なものではないし、奇人変人の類と認識されるのが関の山でしょう。
(当然のことではありますが。)
繋がりや自我、他我というものは、無条件に混合して語ることが可能なものではなく、
思想、経験、ベクトルの個体差を考慮把握した前提を以て語られなければならないと僕は思いますよ。
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