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自殺は正しい?

42ososo:2009/04/16(木) 18:40:39 ID:LoQKJesU
僕が僕なのは僕が僕を僕として認識しているからです。
本質的には確定された自分というものは存在しません。
微小ながら自分と呼んでいるその存在は一瞬一瞬変化し、生まれてから一度も同じ存在であったことはありません。
何故自分というものを認識しなくてはならないかと言えば、そうしないと混乱するからです。
もし宇宙中に僕しか存在しないのなら、自分という概念自体必要ないかもしれません。
ただこの宇宙には実に多くの生物がいて、それぞれに自我というものをもっています。
なのでこの世界で生きていくためには、他者と自分とを区別しないとうまくいきません。
そしてそれをやっているのは脳です。
つまり僕とは脳だと言っても言い過ぎではないと思います。
では僕らが心とか魂と言っているものとは何なんでしょう?
心や魂にも僕というパーソナリティがあるんじゃないかと思うのが一般的かもしれません。
でも僕の考えでは、心や魂と言うものにはパーソナリティーはないと思っています。
あくまでパーソナリティを作り出しているのは脳やDNA。
心や魂と言うものは僕らを動かすエネルギーのようなものだと思います。
そしてそれはすべての生物が共有しているものだと思います。
僕もあなたもペットも植物も地球も宇宙もすべてが同じ心(エネルギー)を共有していると思うのです。
自分の一番奥そこ、自分を自分たらしめるものは、皆同じ。
こう考えると、他者を信じないと言うことは自分を信じないということかなぁと思ってしまいます。
現代人は個人とか自己というものに執着しすぎるように思います。
しかし自分の奥の更にに本質が皆同じであるなら、本当に大事なのは個人よりも全体ということになります。
我欲がよくないとされてきたのは、そういった本質に習ってのことかもしれません。
最終的に何が言いたいのかといえば、人との繋がりは悪いものじゃないと言うことです。
僕はジブリの映画が好きなのですが、何が好きなのかといえば話の中の人と人との関係です。
助け合うのが自然で、個人主義は不自然。
皆が自然と助け合おうと思って生きていたら、それが悪い世の中なわけありませんから。
個人という視点からではなく、もっと大きな視点で見ることが出来たら世界は変わります。


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