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極悪非道なコキントウの大量虐殺は120万人 !!

6反[凶産]中国流:2006/04/14(金) 02:09:59
日本国が勝利した日露戦争と帝政ロシア崩壊の理由

我が国が勝利した日露戦争は1904年〜1905年でした。たったその『 12年後 』にはアホな帝政ロシアは崩壊し(笑)間抜けなレーニンのソ連[1917年〜1991年]となったのだった(笑)
アホな帝政ロシアは日露戦争で無敵と言われたバルチック艦隊の殆どを失うなど日露戦争に敗戦したことで、国家の威信を失い、また多大の損失をだした。

当時、アホな帝政ロシアは他国の領土を侵略し戦争、戦争の連続で膨大な戦費をつぎ込み、しかも乗っ取った領土からは見合うだけの資源は殆どなく、国家の経済力を失い、経済破綻寸前だった。
アホな帝政ロシアは一時、中国の北京以北すべての領土を手中に収め、同時にトルコにも侵略戦争を仕掛けていた・・。

アホな帝政ロシアの領土は、そのまま間抜けなソ連に引き継がれ、その間抜けなソ連が国家崩壊した後は、バルト三国など次々独立したことからも、いかに無茶な侵略戦争をやり、経済的に無謀な領土拡大をしていったかが判る。
アホな帝政ロシアは資源の豊かな領土を求めて侵略していった偉大なアレキサンダー大王のよな領土拡大、植民地化ではなく、アホな帝政ロシアは無謀な戦争をしていたに過ぎなかった(笑)

我が国は欧米列強のそういった無謀な領土拡大、植民地主義・奴隷主義による侵略戦争に対し危機的状況に置かれたため、止むを得ず戦はなければならなかったのである(避けられない戦争はその後も続くことになるのだが)。
日露戦争では無敵のバルチック艦隊を失ったアホな帝政ロシアがたったっその『 12年後 』には国家崩壊したことを考えれば、当時から国家経済の悪化や、国民の不満が高まっていたことが判る。

だからこそアホな帝政ロシアは日露戦争の賠償金など払えるどころではなく、バルチック艦隊さえも維持するのは大変だったのだ。だからこそ我が国の連合艦隊の前にその弱さを露呈し全滅したのだろう。
一方だけを見て知っているがごとく自虐的に陥る惨めな駄目人間の姿を見ると、悲惨な敵国の姿をよく観察し分析し総合的判断を是非してほしいものだと思う。


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