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食料経済学(旧・農業経済学)

129お兄ちゃん教えて!単位落とせない!:2006/03/11(土) 02:16:31
米の問題

①部分開放の容認と食管制度の崩壊
(a) 1993年、GATTの多角的貿易交渉であるウルグイアイ・ラウンドの農業交渉において、日本政府は、米の部分開放(ミニマムアクセスの輸入)を容認することに合意した。→1995年から6年間、日本は米の関税化の特例措置(「例外なき関税化」の猶予)を受けるが、その代償措置として、95年4月からミニマム・アクセスとして一定量の外国米の輸入を義務づけられた。
(b) この合意を契機として、米の国内完全自給を前提とする食料管理制度は崩壊した。→1995年、食糧管理法から新食糧法へと移行。
②新食糧法
(a)新食糧法の施行に伴って、食糧管理法は廃止された。
(b)「原則統制」から「原則自由」へ・・・農家の生産する自由、売る自由が認められ、政府の役割は、備蓄米の運営とウルグアイ・ラウンド合意に基づく輸入外国産米の管理に限定。生産調も農家の自主性にゆだねられる。
<主な内容>
●自由米の合法化・・・従来違法であった自由米(ヤミ米)を計画外流通米として合法化し、政府米を計画流通米とした。
●流通業の規制緩和・・・農家や農協の政府への売り渡し義務を廃止し、卸売業者や小売業者との直接取引を容認した。また、許可制であった卸売・小売業務を登録制として新規業者の参入も容認。
●市場原理の導入・・・二重米価制度を廃止し、米価の形成に自主流通米を中心とする市場原理を導入した。
③改正食糧法(1999年4月施行)・・・ウルグアイ・ラウンドの農業合意に基づいて適用された、米の関税化の特例措置を、関税措置に全面的に切り替えることになった(「例外なき関税化」の実施)。→当面は高関税を設定することで輸入量を抑制する方針。

ミニマムアクセス
毎年0.8%増加(1995年4%)→0.4%増になる(関税化することにより)
①一般輸入
国内の需要動向に応じて国と種類に分けて輸入した後、
主食用・加工用の別に卸売業者や加工業者等に実需に応じて売り渡す
②SBS/Simultaneous Buy and Sell(売買同時契約)
ミニマム・アクセス輸入の一部いついて、
輸入業者と登録卸売業者等が政府に対して連名で(同時に)買い入れ及び売り渡しを申し込み、
政府との売買価格差の大きなものから順に一定数量までのものが実際に売買される

食糧管理制度
 食糧管理制度とは、戦時中の1942年に制定された食糧管理法に基づいて、政府が米の生産・流通・販売を厳しく統制・管理する制度で、1995年の新食糧法が施行されまで続いた。
①食糧管理法・・・戦時中の食糧不足に対応するために制定された法律で、特に米麦は、政府の全量買い入れ、生産者価格と消費者価格との二重価格制、輸出入の統制が図られた。輸出入の統制とは100%の輸入制限をし、自国内での完全自給をしたということである。
(a)戦後の食料管理制度・・・当初は、米価の抑制を通して消費者保護政策としての役割を果たしたが、国民の食生活の変化などを背景として、米不足から生産過剰へと転じるにつれて生産者保護の制度へと変化していった。→1960年以降、生産者米価の算定に生産費所得補償方式が導入され、米価は毎年大幅に引き上げられた。
(b)売買逆ざやと食管会計の赤字・・・政府の農家からの買い入れ価格(生産者米価)が消費者への売り渡し価格(消費者米価)を上回る「逆ざや」が1962年以降の売買逆ざやによって、食糧管理会計の累積赤字が深刻化した。

②生産過剰への対応策・・・需要の減少や機械化の進展などによって、米の生産過剰が進み食糧管理家計の累積赤字に直面した政府は「総合農政」を推進する中で生産調整と自主流通米という2つの施策を実施した。
(a)生産調整(減反政策)(1970年)・・・米の需要減少、生産過剰に対応して、転作や休耕を増やし、米の作付制限による需要調整政策を開始。→減反農家には、転作を進めるための減反奨励金を支給。
(b)自主流通米制度(1969年)・・・食糧管理法を改正し、政府を通さずに売買させる自主流通米制度を導入。→政府の買い入れ制限により、食糧管理会計赤字の是正を目指す。


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