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摂折について。
83
:
川蝉
:2005/07/08(金) 13:23:30
81 番:犀角独歩さんへ。
>折伏という言葉が無くとも…折伏を行ずる者
>(折伏)である、とも理解されましょう。
折伏という言葉が無くとも「義があれば」と言うことが抜けています。私の主張が誤解を受ける恐れがあるので、「義があれば」が抜けている事を指摘しておきます。
「文が無くとも義があれば論拠の文になる」と云うことを否定されているのですか?。
文永元年七月の「法華真言勝劣事」に
「住心品に於ては全く文義共に之無し、有文有義無文有義の二句を虧く信用に及ばず、」(学会版p121)
とあります。教学上では、無文有義は文証となると考えられていますよ。
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