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摂折について。
22
:
shamon
:2005/06/23(木) 22:27:46
日蓮聖人が真蹟「開目抄」で、涅槃経を引いて僧の折伏(降伏・呵責)について述べたものです。
『不能降伏非法悪人。如是比丘不能自利及利衆生。当知是輩懈怠懶惰。雖能持戒守護浄行当知是人無所能為。
乃至時有破戒者聞是語已咸共瞋恚害是法師。是説法者設復命終故名持戒自利利他等[云云]』
『非法の悪人を降伏すること能わず。かくのごとき比丘は自利し及び衆生を利すること能わず。まさに知るべし、この輩は懈怠懶惰なり。能く戒を持ちて、浄行を守護すといえども、まさに知るべし、この人は能くなすところなからん。
乃至、時に破戒の者あつて、この語を聞き已つて、咸(みな)共に瞋恚(しんに)して、この法師(ほつし)を害せん。この説法の者、たといまた命終(みようじゆう)すとも、故(なお)持戒自利利他と名づく」等云云』
非法の悪人を降伏することをしない僧侶は怠け者であって、自利も利他も出来ぬ者である。たとえ持戒し浄行すると雖も、全く何の役にも立たぬ者である。
もし、非法の悪人を降伏させようとした僧侶が、その破戒の者からの怒りを買って迫害されて命を落とすようなことがあっても、そのような僧侶は持戒し自利利他を為した者である。
『念仏者・禅宗等を責て彼等にあだまれたる、いかなる利益かあるや。答云 涅槃経云 若善比丘見壊法者置不呵責駈遺挙処当知是人仏法中怨。若能駈遺呵責挙処是我弟子真声聞也等[云云]』。
『問(とう)て云く、念仏者・禅宗等を責めて彼等にあだまれたる、いかなる利益(りやく)かあるや。答(こたえ)て云く、涅槃経に云く「もし善比丘、法を壊る者を見て、置いて呵責し駈遣し、挙処せずんば、まさに知るべし、この人は仏法の中の怨(あだ)なり。もし能く駈遣し、呵責し、挙処せば、これ我が弟子、真の声聞なり」等云云』
(釈尊を捨てよと教義を立てていた)念仏や禅宗等を責め、その恨みを買うことに何の意味があるか。その問いには涅槃経を引いて答えよう。
「もし法を壊る者見て、呵責せず、追い出さず、見逃すような僧侶は仏法の怨である。その様な者を、追い出し、呵責し、見逃さぬ者こそ、真の我が弟子である。
日蓮聖人は、すぐ後に涅槃経疏を引いて、罪を糾治(正して治す)ことの慈を述べています。
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