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【大石寺教学の研究】質疑応答は此方で
30
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直人[TRACKBACK]
:2005/10/13(木) 18:37:11
慎之輔さん、こんばんは。
大野山は慶長十三年(1608)の開創ですね。昭和41年(1966)の時点で推定樹齢が330余年であ
ったということは、その時点から330年を遡っても寛永十三年(1636)で、日蓮聖人滅後355年の時で
す。つまり、大野山の楠は開創後2.30年の間に何処かから植樹されたものでしょう。だから、大野山
に楠があるといっても大石寺門下には何ら有力な傍証にはなり得ないわけです。むしろ、聖人滅後3
00年代以後の楠しか提示できず、さらには肝心の七面山は育成に適していないという点において板
曼荼羅造立の大前提が崩れ去るわけですね。だからなのか、堀師も板曼荼羅について「研究の余
地が存ずる」といい、大石寺門徒の河合隆徳氏も原本たる紙幅曼荼羅があったと考えたのでしょうが、
今日の大石寺はこうした「紙幅曼荼羅原本説」に否定的で、水島公正師は平成9年8月26日の第46
回全国教師講習会明確に否定しています。もはや、言い逃れができない状態となっているわけです。
さて、『日蓮聖人の教義』の件ですが、残念ながら手元に『日蓮聖人の教義』がありませんので、智
学居士がどのように主張されているかはいま一つ分からないというのが本音です。ただ、大石寺の末
寺である常泉寺法華講員であった松本佐一郎氏が『尋勝論』という国柱会批判の書を著しており、こ
れは手元にあります。ここでの批判対象は『日蓮聖人の教義』ではなく、『宗門之維新』ですが、結論
として「居士の精神は最も良く日蓮正宗に於て発揮し得べし」という項目を設け、その中で、
護国同志諸君よ。驚いてはいけない。怪しんではいけない。居士が一生をかけて唱導した多くの
法門の精神は、実は富士門徒が七百年の悲風惨雨を貫いて命がけで持ち伝えてきたものである。
試に思へ。本尊を統一せよ、法主は一人に限れ、化導を統一せよ、本山を統一せよ、富士に国立
戒壇を建てよ、といふ宗門之維新の主張、居士一期唱導の根幹は、皆これ富士門徒のものでは
ないか。(『尋勝論』P28)
といっています。参考までに。そういえば、戒壇論、ある時は大石寺の教義であるといえば、都合が
悪くなると「国立戒壇論は田中智学(居士)の唱えた邪義だ、大石寺の教義ではない」といっていま
したね。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/3171/1065657732/r119-120
最近調べ物をしている途中に気づいたことなのですが、智学居士は北山を改革しようとしていたら
しいですね。また、要法寺とも交渉があったようで少なからず興門との接点があったのですね。
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