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【大石寺教学の研究】質疑応答は此方で

28直人:2005/10/12(水) 19:46:18
今日は大石寺蔵「本門戒壇之大御本尊」が図顕されたと伝わる日である。今更詳論するまでもな
く板曼荼羅は楠でできているのであるが、七面山には楠がないと指摘されたのは安永弁哲師であ
った。これに対して細井日達師は大野山の楠を論拠として身延にも楠がある、さらに大野山の楠の
樹齢は1200年以上であるという。ところで、大野山の楠は昭和41年に身延町の天然記念物に指定
され、樹齢は330余年と推定されたのである。また、身延山の本堂付近に楠があることも大石寺門
下による反論材料となっている。幸いにしてというべきか『慧妙』には大野山と身延山の楠の写真が
載る。

  http://the49.hp.infoseek.co.jp/emyo_g/em1705b2.gif

 下の身延山の楠は大野山の楠よりも一回り小さいことが分かる。それは換言すれば身延山の楠
は大野山の楠の樹齢330余年を下回ることも意味するだろう。事実、山梨県下最大の大楠は大野山
の方であって、身延山の方は天然記念物にさえ指定されていない。だいたいにおいて大野山や身延
山に楠が育成しているからとて日蓮聖人が板曼荼羅を図顕した少佐になり得まい。なぜなら大石寺
の所伝によれば、楠を得たのは七面山であって身延山でも大野山でもない。
 それでは七面山はというと日蓮聖人滅後十六年にあたる永仁五年(1297)に日朗上人によって開
闢された(『身延山史』『七面山』)という。この点、堀日亨師が「七面は後世の勧請にして祖師の在世
に之なし」と指摘された点と合致しよう。ところで、大石寺は楠の育成の適地として次のようにいう。

  楠が生育する適地は暖温帯湿潤気候の、標高五百メートル以下の場所である(中略)日蓮大聖
  人がお住まいになった草庵(身延山久遠寺)は標高三百数十メートルの地である。
  (『暁鐘』363−P51)

 『日蓮宗事典』によれば七面山の標高は1982メートルである。また、今日、七面山には七つの池
があるといわれ、今日では一の池、二の池が確認されている。その所在地は山頂であるり、これは
楠木が育成するのに適している標高のおよそ4倍にあたり七面山は楠の生育に適していないことが
分かる。事実、大野山の楠や身延山の楠を論拠として提示することはできても七面山の楠について
は何ら提示するところがない。


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