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【大石寺教学の研究】質疑応答は此方で

18直人:2005/01/14(金) 02:13
〔興門と天台恵心の関係について〕

 私は拙書の中で大石寺の本仏論について、『一帖抄』等を引用して、

  こうした中古天台恵心法門は大石寺門流における宗祖本仏思想の構造と極めて酷似して
  いるのである。(中略)大石寺門流は中古天台恵心法門を基盤として宗祖本仏思想を形成
  し、釈尊本仏思想から宗祖本仏思想へと変遷していったものであろう。(P80〜81)

と結論づけましたが、訂正します。
 日時師の学説を伝える直接の文献は現存しないが、真実、日時師が恵心法門を理論基盤と
していたのであれば日有師も恵心法門を理論基盤とした本仏論を展開ことは推定に難くない。
しかし、日有師は『二帖抄』を相伝されながらも恵心法門を理論基盤にしていない点は当時の
大石寺教学が恵心法門の直接的影響を受けていなかったことを物語っているのではないだろ
うか。
 では、興門教学は恵心法門と無関係か。否である。しかし、これは大石寺よりもむしろ尊門日
大系が大きな影響を受けたものであろう。日大師は『三種法華聞書』において恵心流口伝法門
を伝えている点からすれば、日大師以後の尊門において恵心法門が研鑚され、その過程で両
巻血脈抄が、それより少し後に『文句略大綱私見聞』を土台として『御義口伝』が偽作されたの
ではないだろうか。
 しかし、日教師の改衣により、両巻血脈抄が大石寺にも伝わり、そうした相伝書は日精師に
よって整理され、その後、日寛師に至って大石寺教学はその教学の体系化を見るのであるが、
歴史を見たとき、日寛師の学説というのは尊門教学(日教の学説)の継承、そして、その当時
大石寺に伝わっていた恵心法門を摂取したものといえるかもしれない。
 
 諸賢の御叱正を賜れれば幸甚です。


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