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「因縁切り」「除霊」等に関して

3川蝉:2004/05/24(月) 15:23

「因縁切り」「除霊」と言っても、種々な考え方による色々な方法が有るようですね。テレビで時おり、紹介される怪しげなものなど様々ですね。

「因縁切り」と云う言葉は聞いたことはないです。
悪霊的障りや霊的恨みを取り除くと云う意味でしょうか?。
「除霊」とは、悪霊的障りを取り除くと云う意味ですね。
とすると、「因縁切り」「除霊」も霊障を取り除く・払うという意味と云うことになりますね。

法華経陀羅尼品に
「若し此の法師、是の陀羅尼を得ば、若しは夜叉、若しは羅刹、若しは富単那、若しは吉蔗、若しは鳩槃荼、若しは餓鬼等、其の短を伺い求むとも能く便を得ることなけん。」
とあります。

ここに挙げている羅刹・富単那・吉蔗・鳩槃荼,餓鬼とは悪鬼化したものですね。
餓鬼とは仏教辞典によると「鬼とは死者のたましいのこと。餓はつけたりの言葉。仏教では飢えて食物を待つ死者と考えられた」と説明されています。
法華経信行者は、この陀羅尼呪によって、これらの霊的障碍を防止することが出来る。と云う経文ですね。
霊的障碍を防ぐと云う思想が法華経にはあるわけです。

天台大師の「摩訶止観」の「巻第八の上」に、「病患境を観ずるとは」の項のなかに
「鬼魔の二病は、此れ深観行の力、及び大神呪を須いて乃ち差ゆることを得んのみ」
とか、また「巻第八の下」に「魔事境を観ずるとは」の項の中に
「是の如く呵しおはらば即ち応に去るべし。もし其れ去らずんば、当に密に戒の序、及び戒を誦すべし。戒神還って守り、破戒の鬼去る」
とあります。
神呪等をもって、魔・鬼等を払うと云う思想があるわけですね。

弘安五年二月の「法華証明抄」(真蹟)の終わり部分に
「又鬼神めらめ(奴等奴)此の人をなやますは、剣をさかさまにのむか、又大火をいだくか、三世十方の仏の大怨敵となるか。あなかしこ、あなかしこ。此の人のやまひ(病)を忽になをし(治)てかへりてまほり(守)となりて、鬼道の大苦をぬくべきか。其義なくして現在には、頭破七分の科に行はれ、後生には大無間地獄に堕つべきか。永くとどめよ、とどめよ。日蓮が言をいやしみて、後悔あるべし、後悔あるべし。」
とあります。
これは上野七郎次郎さんに障っている鬼神霊的なものがあるなら、その鬼神よ、障碍を止めよと誡告している文です。
霊的障碍を払うと云う思想が見えます。

文永元年七月の「法華真言勝劣事」には
「慧亮脳を破するの時次弟位に付き、相応加持するの時真済の悪霊伏せらる。一向真言の行者は法華経の行者に劣れる証拠是なり。」とあります。
これは、法大師の弟子の真済が皇位継承に際しての祈祷で、天台宗の慧亮に敗れ、悪霊となり、その霊障で藤皇后染殿が狂疾になり、比叡山無動寺の相応和尚が祈願を命ぜられた。不動明王の「汝ひそかに、彼の霊に語れ、汝は真済の霊に非ずやと、彼れ之れを聞かば、必ず頭を低れて恥渋せん。その時大威徳明を以て之れに加せ、定めて降伏することを得ん」との教諭を得た相応和尚が、その通りにすると、彼の霊は降遣され、皇后の疾は癒えた(元亨釈書巻十)と云う故実を語るものです。
除霊は日本仏教内では古くから行われていたようですね。(続く)


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