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門下・門流史関係
51
:
直人
:2004/06/28(月) 06:06
■宗史雑書(4)
〔紫宸殿本尊について〕
近年、大石寺において師資伝本尊と称される本尊は従来、紫宸殿本尊と称されてきた本尊であ
る。大石寺の本尊は大多数が非公開であるが紫宸殿本尊は『日蓮聖人真蹟の世界』『御本尊集』
によって知ることができる。
弘安三年太歳庚辰三月日(安国八二) 同(註、大石寺所蔵) 同(註、富要8巻P178)
(『日蓮正宗史の基礎的研究』P154)
(紫宸殿御本尊と伝承す)弘安三年太歳庚辰三月日 総本山。(富要8−P178)
つまり、立正安国会編纂『御本尊集』の82番が大石寺で紫宸殿本尊と称される本尊であると云
うのである。
弘安三年太歳庚辰三月日(通称「紫宸殿本尊」)
http://www.lbis.jp/gohonzon/082.htm
ところで、紫宸殿本尊は尊門に伝わり、今なお要法寺の宝蔵に所蔵されているにもかかわら
ず、大石寺に所蔵されていると伝えられるのであろうか。
ハ、宝蔵 天保十三年(一八四二)再建、宝形造・唐破風・土蔵形式。紫宸殿の曼荼羅、称
徳符法の曼荼羅など各種霊宝、仏像などを収納。(『私たちの要法寺』P18)
大石寺の所伝によれば、日有師は本門戒壇之大御本尊の身代わりとして紫宸殿本尊を模刻
している。
日有上人は戒旦御本尊の御身替りの御本尊を模刻遊ばされたのは事実で、其の御本尊に
は日有上人が署名を遊ばされている。(『悪書板本尊偽作論を粉砕す』P66)
(弘安三年三月日紫宸殿の本尊を模刻し左の加筆を為す)文政二年乙丑十一月六日、九
世日有判、須津の庄鳥窪の住持日伝に之を授与す、 総本山。
編者曰く一時天王堂に安置せしが廃堂の後宝蔵に在り、御身替り本尊と称して奇怪の伝
説あるは近世の訛伝か(富要8−P194)
弘安三年太歳庚辰三月日の本尊は本来、誰人かに授与された一機一縁の本尊であった。
(1)右下隅に授与書の存したのを、截落した形跡がある。
(『日蓮聖人真蹟の世界』上−P384/『御本尊集目録』P)
弘安三年太歳庚辰三月日の本尊は上代から大石寺に所蔵されていたものである。授与書は
日有師が本門戒壇之大御本尊の身替りとして模刻した際に削除されたものかもしれない。この
時点では「紫宸殿本尊」とは称されなかったようである。それが後代にいたって要法寺の紫宸
殿本尊を模倣して弘安三年太歳庚辰三月日の本尊を紫宸殿本尊へと祀り上げたものであろう。
一、蓮祖真筆大曼荼羅 三枚続 一幅
弘安三大才庚辰三月日、紫宸殿之本尊と号す、伝に云く広布の時に至り鎮護国家の為に
叡覧に入れ奉る可き本尊なり云云。
昔、京都通用の節は此の本尊あるを聞かず若し実に然らば日精日寛等の師此れを挙げざ
る理なし授与書なきを幸に文政年間に設けたる名なるべし(富要7−P49)
同五年(一七五五)八月二十日六条中納言をもって御内覧の儀を要法寺に伝達せり(中
略)その後、この盛儀を伝聞せる同富士の徒両度の由緒に憧憬羨望の情抑え難く、これ
を模擬するに紫宸殿曼荼羅の称号を立つるものを出す。(『本宗史綱』P747)
何れにしても要法寺で称するところの紫宸殿本尊と大石寺で称するところの師資伝本尊は
まったく別個の本尊であると思う。
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