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門下・門流史関係
37
:
直人
:2004/06/22(火) 19:44
■宗史雑書(2)
〔初期興門における本尊思想について〕
日興上人の著述には一見すれば造像を厳誡されているように思える文もあれば、その一方で
造像を認めている文もある。川名義博氏は「日興における本尊論の一考察」において、
第一に、『原殿御返事』等にみられるように釈尊と四菩薩の木像及び曼荼羅とを共に本尊
としているもの。
第二に、『富士一跡門徒存知事』に見られるように、釈尊と四菩薩の木像を本尊と認めず、
曼荼羅を正意の本尊としているもの。(『日蓮教学研究所紀要』23−P81)
と云い、
この『富士一跡門徒存知事』に見られる教義内容は、先に挙げた『与波木井実長書』『原
殿御返事』と比較すると、仏像造立を明確に否定している点で、矛盾していることが解る。
(『日蓮教学研究所紀要』23−P84)
と云うのである。しかし、川名氏の考えは正しくないように思う。確かに「富士一跡門徒存知事」
には、
日興が云く、聖人御立の法門に於ては全く絵像木像の仏菩薩を以て本尊と為さず
(宗全2−P124)
とあって、この文だけを読めば日興上人が仏像を本尊とすることを誡められた、ととれるであろう。
しかし、「富士一跡門徒存知事」はまず五老僧の立義を批判した上で「日興が云く」となっている。
上記の文は五老僧の立義とされる文に、
五人一同に云く、本尊に於ては釈迦如来を崇め奉る可しとて既に立てたり、随つて弟子檀那
等の中にも造立供養の御書之れ在りと云云、而る間盛に堂舎を造り或は一躰を安置し或は
普賢文殊を脇士とす(宗全2−P124)
とあって、ここで云う「釈迦如来」とは上行等の四菩薩を脇士としたものではなく「普賢文殊を脇士」
としたもの、脇士を欠いた釈尊一体仏である。日興上人が批判された仏像はあくまでも上行等の
四菩薩を欠いた釈尊一体仏や文殊普賢を脇士とした仏像であった。
日興上人は「原殿御返事」において、
日蓮聖人御出世の本懐南無妙法蓮華経の教主釈尊久遠実成の如来(中略)大国阿闍梨の
奪い取り奉り候仏の代わりに其れ程の仏を造らせ給えと教訓し参らせ給いて、固く其の旨を
御存知候を、日興が申す様には、せめて故聖人安置の仏にて候わばさも候いなん、それも
その仏は上行等の脇士もなく始成の仏にて候き、その上其れは大国阿闍梨の奉取候ぬ、な
にのほしさに第二転の始成無常の仏ほしく渡らせ給へ候べき、御力不契給御子孫の御中に
作らせ給仁出来し給ふまでは聖人の文字にあそばして候を御安置候べし(宗全2−P172)
と述べている。ここで日興上人が批判されているのは波木井実長が造立しようとした仏像が脇士
のない一体仏であったからである。ゆえに、日興上人は上行等の四菩薩を添加すべしであると述
べているのである。
仏は上行無辺行浄行安立行の脇士を造副進せて、久成之釈迦に造立し進せ給べし
(宗全2−P169)
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