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29川蝉:2003/10/06(月) 16:30
もう一つついでに。
『日蓮聖人伝百話・46 龍口法難 四』において、
「八幡諫暁は『種々御振舞御書』には夜の事であると記されているが、実際には捕縛されて侍所に連行される中途の日中の事であろう(取意)」
と推定しています。

『諫暁八幡抄』に
「去る文永八年九月の十二日に日蓮一分の失なくして南無妙法蓮華経と申す大科に、国主のはからいとして八幡夫菩薩の御前にひきはら(引張)せて、一国の謗法の者どもにわらわせ給ひしは、あに(豈)八幡大菩薩の大科にあらずや」(昭定・1840頁)
とあり、ここに「一国の謗法の者どもにわらわせ」とある。これは見物に集まった群衆の事を指して「一国の謗法の者」と記したものと考えられる。ゆえに八幡諫暁は日中で、大勢の見物人のいる状況の中で、行われたと考えれる。八幡社頭諫暁が夜中の事であると記す『種々御振舞御書』は史料性が問題となる。という趣旨の理由を論述しています。

高橋智遍居士『日蓮聖人小伝』では、495頁において、この「八幡大菩薩の御前にひきはら(引張)せて、一国の謗法の者どもにわらわせ給ひしは、」について、「捕縛し、侍所に連行するとき八幡宮前でとくに屈辱的行動をとり、群衆に嘲笑せしめたのであろう(取意)」と解釈しています。

この日中の連行時には、まだ侍所での佐渡流罪の裁定前であるから、「首切られて、霊山浄土へまいりて有らん時は」等という内容の諫暁をしたと見るのは無理があろうかと思われます。

『日蓮聖人小伝』では、「侍所にて佐渡流罪の宣告を受け、十一時近くに出発、道の中途に竜口刑場がある事などから、実際には斬首であると日蓮聖人は悟られた(取意)」(470頁)
と記述されています。
やはり『種々御振舞御書』にある八幡諫暁の内容は、斬首の刑を受けると見極められた後の言葉とする方が当を得ていると思われます。
『日蓮聖人伝百話』に
「八幡社頭の諫言は、史実と考えてよさそうであるが、それが(種々御振舞御書に記しているように)夜中の竜の口への護送のときとするのは、かなり無理があるようである」(208頁)
と云う見解は、いかがなものと思います。


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