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28川蝉:2003/10/05(日) 14:31

続いて。
「日蓮聖人伝百話・45龍口法難 三」に、
いわゆる「三度の高名」の二度目の高名は『種々御振舞御書』では松葉谷草庵での捕縛のさいに(日中・正午ころ〜三時頃まで)日蓮聖人が発した言葉となっているが、『撰時抄』では「申の時(午後三時から五時)」に平の左衛門の尉に向かって諫言したことになっている。
第二諫言の時間が親撰の『撰時抄』と違っている『種々御振舞御書』の記事は疑わしい。と指摘しています。

高橋智遍居士の「日蓮聖人小伝」においては、『種々御振舞御書』に
「十日十二日の間・・つぶさに平の左衛門の尉にいいきかかせてありしに」(昭定・964頁)と記しているので、十日に評定所に出頭させられ尋問を受け、その日は帰されて、一日おいて、十二日に国事犯の扱いで捕縛、捕縛後に侍所で採決を受ける際に、真蹟曾存の『法蓮抄』に
「去文永八年九月十二日の御勘気の時重ねて申て云、予は日本国の棟梁なり。我を失ふは国を失ふなるるべしと。今は用まじけれども後のためにとて出にき」
と有るように、諫言された。(441〜466頁)と、説明しています。

『撰時抄』でいう二度目の高名(諫言)は、この捕縛後の侍所での諫言を指していると考えられます。

草庵捕縛時に発せられた言葉は、
「日蓮大高声を放ちて申す、あらおもしろや平左衛門尉がものにくるうを見よ。とのばら(殿原)但今ぞ日本国の柱をたをすとよばわりしかば、上下万人あわてて見へし。」(昭定・964頁)
であって、
捕縛後の侍所での諫言は
『種々御振舞御書』に
「十日並に十二日の間、真言宗の失、禅宗、念仏等、良観が雨ふらさぬ事、つぶさに平左衛門尉にいゐきかせてありしに、或ははとわらひ或はいかりなんどせし事どもは、しげければしるさず。」(昭定・964頁)とある部分ということになりましょう。

『種々御振舞御書』のこの部分を詳しく記したのが
『撰時抄』の
「文永八年九月十二日申の時に、平左衛門尉に向つて云く、日蓮は日本国の棟梁なり、予を失ふは日本国の柱撞を倒すなり、只今に自界反逆難とてどうしうち(同士打)して、佗国侵逼難とて、此の国の人人他国に打ち殺さるるのみならず、多くいけどり(生捕)にせらるべし。建長寺、寿福寺、極楽寺、大仏、長楽寺等の一切の念仏者、禅僧等が寺塔をばやき(焼)はらいて、彼等が頸をゆそ(由比)のはま(浜)にて切らずは、日本国必ずほろぶべしと申し候了んぬ。」(昭定・1053頁)と記されている諫言と考えられます。

捕縛時の言葉を二度目の高名と云われる諫言であると仮定してしまうから、「二度目の諫言を日中の捕縛時と記している『種々御振舞御書』の記述は、申の時に諫言したと記す『撰時抄』と一致しないので、『種々御振舞御書』の資料性が問題となる(取意)」と『日蓮聖人伝百話』は推定してしまっているのです。


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