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26川蝉:2003/10/04(土) 14:08
やっと日蓮宗新聞社から「日蓮聖人伝百話」が届きました。
龍口法難の部分をさっと読んでみました。

200頁に
「ここで問題とすべきは、少輔房という実名者の登場と『神国王御書』では、本尊、一切経とする文段が、法華経十巻に変わり、懐中経巻が第五の巻となったことであろう。つまり、法華行者値難の根本経典である勧持品と、この少輔房による打擲を、符契させたところに、伝記的潤色がみられる」
と記してあります。

この文勢だと、『種々御振舞御書』にある五の巻で打たれたと云う記述は伝記的潤色であると推定しているようです。

興師写本のある建治元年七月の「高橋殿御返事」には
「法華経の五巻をもてかうべを打ち候しは」(昭定・1094頁)とあり、

日向上人の弟子で身延山で勉学した日澄上人の写本がある『下山抄』に
真蹟断片が無い部分ですが「法華経の第五の巻を以て日蓮が頭を打ち、十巻共に引き散らして」(昭定・1343頁)
とあります。

また、建治二年三月の「南条殿御返事」は真蹟存ですが第21紙だけが欠けています。その欠けた部分に
「又法華経の第五の巻をもて日蓮がおもてをうちしなり」(昭定・1176頁)
とあります。
第21紙が欠けているから証拠にならないと云えばそれまでですが、現存しない第21紙にこのように記されていたと云う推測は充分成り立つと思います。

上記の三書に、五の巻で打たれたとあるのですから、五の巻で打たれたと云う記述は、伝記的潤色とは云えないであろうと思います。

草庵にあった一切経も散らされたのでしょうが 、最も大事な法華経を踏み散らされた事が印象深く刻まれた事と、為政者側の法華経誹謗の実状を強く語る為に、『種々御振舞御書』には
「さんざんとうちちらす。又九巻を兵者ども打ちらして、あるいは足にふみ、あるいは身にまとひ、あるいはいたじき(板敷)たゝみ(畳)等、家の二三間にちらさぬ所もなし。」
と 一切経の事は記さずに、法華経九巻のことを記したと云う推測が出来ます。

『神国王御書』の記事に照らすと『種々御振舞御書』の描写は伝記的潤色であると、断定出来ないと思います。

以上、気が付いた事を一つ。


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