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ヨーロッパ諸国は今

72凡人:2012/01/30(月) 02:51:37
日本とドイツの大違い
2012.1.29 17:37

 同じ敗戦国なのにドイツと日本の諜報(ちょうほう)力格差は広がるばかり。昨年3月のリビア空爆前にも、ドイツは日本には到底、真似(まね)のできない大手柄を立てた。

 空爆前、軍事・諜報関係者の間では大きな懸念があった。追い詰められた最高指導者、カダフィ大佐による化学兵器使用である。

 大佐は専門家を養成し、1980年代にはサリンやホスゲン、マスタードガスのいずれか、もしくはすべてを保有していたと観測されていた。

 その結果、米国など西側諸国は89年、リビアの化学兵器工場建設を非難し、関係が悪化した。カダフィ大佐は国交回復や経済交流を望み2003年、核兵器開発に加え化学兵器廃棄にまで同意。国連による監視下、昨年5月をめどに廃棄する計画だったが、同2月の内戦勃発(ぼっぱつ)で中断を余儀なくされた。

 つまりこの時点でもリビアは事実上の化学兵器保有国だったのである。前置きが長くなったが、ここでいよいよドイツが登場する。

 実はリビアの化学兵器工場建設に西側企業も参入していた。これをいち早く察知し、捜査したのが独諜報機関だった。

 同じ西側とはいえ、平時から時に探り合いながら、時に情報交換し、時に共同作戦まで実施する。欧米情報機関の実力は冷戦期よりも劣ったとはいえ、やはりすごい。

 独諜報機関はまず米中央情報局(CIA)に通報。内戦勃発後の2月下旬には英陸軍特殊作戦部隊(SAS)を主力に北大西洋条約機構(NATO)の化学兵器専門家や諜者で極秘潜入チームが構成された。チームはリビアに3カ所在った化学兵器秘匿保管庫を、同8月下旬までに特定し、これを監理下に置いた。

 チームには最大の殊勲をあげた独諜報機関はじめ米軍無人偵察機情報も参加したとされる。しかも保管庫は秘匿され、そこに近づくヒト・モノは敵味方の区別なく攻撃した。

 小欄は、独諜報機関とは連邦情報局(BND)ではないかと推測する。BNDの実力は、今や総合力においてCIAを凌(しの)ぐといわれる米国防総省国防情報局(DIA)さえ協力要請するほど進化している。

 例えば、イラク戦争に際し、ドイツは国連など表舞台では英米のイラク攻撃に反対しながらもBNDの諜報部員2人を戦争中、イラクに潜入させた。

 06年1月の独シュピーゲル誌によれば、DIAはBNDに33回も情報提供を求め、BNDは少なくとも15回応じた。2人からBND本部に伝えられた情報130件のうち25件が米側に提供されたという。情報にはフセイン大統領のレストラン立ち入り情報やイラク軍の移動状況も含まれていたとされる。米軍は情報を元に空爆を敢行している。

 諜報機関は一朝一夕に作れるものではない。BND創設は1955年だが、前身は第二次大戦中の対ソ連諜報組織ゲーレン機関。東西に分断されてもなお西独で組織を保ったわけだ。

 昨年、独メディアに興味深い話が載った。

 プーチン露首相が、ソ連国家保安委員会(KGB)諜報部員として東独に赴任していた1985〜90年当時、BNDのロシア系女性諜報部員はプーチン夫人に接触し、浮気や家庭内暴力を繰り返した首相の私生活をしっかりと把握していたというのだ。

 胸の大きさから「バルコニー」なるコードネームで呼ばれていた夫人に、BND諜報部員は最初は通訳として近づき、友人に関係を昇華させ、夫人の悩み相談にまで応じていたという。

 ひょっとすると、この情報は戦略レベルかもしれない。次期露大統領候補プーチン氏へのブラフとなるやもしれぬのだから…。

 翻って、わが国はどうか。国益を著しく損なってきた愚かなる「御(お)触れ」である武器輸出三原則の緩和は誠に慶賀に堪えない。当然ながら緩和にあたり被技術・装備品提供国による目的外使用や第三国移転について日本の事前同意を義務付けるなど「厳格な管理が前提」との条件を付与した。

 藤村修官房長官によれば「厳格な管理」は「交換公文などさまざまな外交手法」で担保するそうだ。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」(憲法前文)式の極めて甘い見通しだといえよう。

 技術・装備品は他国の「公正と信義」など信頼せず、自らの諜報機関が追跡・監視し、場合によっては破壊しなければならない。日独間の諜報力格差は斯(か)くも空虚で愚昧(ぐまい)な憲法が存在するか否かの違いでもある。


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