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アメリカってどうよ
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(1)感情に左右される陪審裁判 「真実は神のみぞ知る」
2011.5.17 21:19産経
「IN GOD WE TRUST」(我らは神を信じる)
今年2月の午後、米国・ニューヨーク州キングス郡の裁判所にある陪審法廷に入ると、正面に掲げられたこの言葉が目に飛び込んできた。日本の法廷と共通する厳粛な雰囲気。「真実は必ず明るみに出る」と重々しく宣言しているようにも感じられた。
陪審員の選任手続きが始まる。ダニー・チャン裁判官(49)が陪審席に着席した人に職業や犯歴などを確認、検察・弁護側の質問を経て数人を選んだ。これを何回も繰り返し、12人の陪審員と3人の補充陪審員が決まったころには、日が暮れていた。
控室に戻ったチャン裁判官は「陪審裁判は予算も時間もかかりすぎる」とこぼした。だが、きっぱりとこうも言い切った。「米国は無実の人を誤って罰しないことを重視する。だから陪審制度が重要なんだ」
民主主義が根付く米国では裁判も国民のものという意識が強い。陪審制度は国民が国家権力を監視することを主眼とするため、陪審員だけで有罪・無罪を判断する形をとる。「10人の真犯人を逃すとも1人の無辜を罰するなかれ」という刑事裁判の原則を貫くには陪審制度が不可欠−と米国人は固く信じている。
「10人の〜」の原則は日本も同じ。ただ、多くの日本人が裁判に期待するものとは若干のズレがあるように思える。かつて取材した和歌山毒物カレー事件(平成10年)の1審公判では、黙秘を貫く林真須美死刑囚(49)に対し、傍聴人らは「とにかく真実を話してほしい」と望み続けていた。無実の人が罰を受けるのはもちろん、真犯人を逃すことも正義に反する。日本人にとって裁判とは、徹底的な審理を尽くす真相解明の場なのだ。
一方、米国の陪審裁判はときに真相解明と大きくかけ離れる実態ものぞく。
ニューヨークで貧しい人の弁護を中心に年間約25万件の刑事事件を扱うNPO「リーガル・エイド・ソサエティ」が請け負った2006年の麻薬所持事件の陪審裁判。建物から飛び降りた被告の手の先に麻薬があった、と警察官3人が証言したが、陪審員は短時間の評議で無罪と評決した。
このNPOで約31年間働くスティーブン・ワッサーマン弁護士は「証拠上は明らかに有罪になるべき事件だった。陪審員の間で警察への不信感が強く、無罪評決につながったのだろう」と打ち明けた。
法と証拠ではなく、感情に左右されるのが陪審裁判なのか。だからこそ、大げさなジェスチャーや熱弁といった役者さながらの法廷戦術が脚光を浴びる。
資金のある被告や検察側は法廷コンサルタントを雇い、職業や年齢、性別、人種別の価値観をリサーチ。公判前に模擬陪審員を使った模擬裁判で最も効果的な主張を探り、実際の法廷にも傍聴席に「影の陪審員」を入れて生の感想を得る。事前準備だけで約1年半、15万ドル(約1200万円)を超える予算を投じた実例もあるという。
金で買える“真実”。米国の刑事司法が抱える闇の一端だ。別の米国人弁護士は「本来なら無罪の見込みがない事件も陪審裁判ではチャンスがある」と吐露した。「裁判がまるでゲームのようだ」と戸惑う私に、「その通り」と当然のようにうなずくのだった。
冒頭の標語は、「真実は神のみぞ知る」と割り切った意味に解釈するのが正しいような気がしてきた。
◇
平成21年5月に裁判員制度を導入し、大転換を遂げた日本の刑事司法。さらに国民に身近な制度に向け見直す点はどこにあるのか。そのヒントを求め、国民参加裁判の先進地、米国の司法制度視察プログラムに参加した記者が実情を報告する。 (加納裕子)
■陪審制度と裁判員制度 米国の陪審制度は12人の陪審員のみで評議を行い、おおむね全員一致で有罪・無罪を評決。多くの州で量刑は裁判官が決めるが、陪審員が量刑まで判断するところもある。一方、日本の裁判員制度は3人の裁判官と6人の裁判員が評議を行い、意見の全員一致が得られなければ、多数決で有罪・無罪や量刑を決める。陪審員、裁判員ともに国民から無作為に選ぶ点は共通する。
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