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万博で新しい紛争解決の糸口、コミュニケーションの方策を探る

229大神:2007/01/06(土) 20:51:42
「持続可能な社会」について

結局持続可能な社会を作るのに問題としては

エネルギー問題、環境問題、食糧問題等になりますかね。

日本の場合は前二つについて考えた場合、

・エネルギー問題:石油などのエネルギーの枯渇への対処
・環境問題:CO2の問題

があります。ここで最近はバイオエタノールが注目されていますが
(燃焼しても光合成して植物内に取り込んだCO2から作られた糖由来の
エタノールが燃焼するだけなので見た目にはCO2発生量は0になる)、
ブラジルでは既に実用化されているので何とか日本でも実用化されないものかと思います。
バイオエタノールによる燃料が実用化出来れば環境、エネルギーの両方の
問題にプラスになるので(勿論、実際にはプラントを作る際にCO2が発生
してしまうのですが)。

ただこのバイオエタノールを日本で実用化する際に、日本は土地が狭いので
耕地面積が足りないという点と商業ベースに乗せるのが難しいというのが
あります(安倍首相も意欲的ですがやはりその点が批判されています)。

糖度が高い作物からは大量に取れるので、品種改良をして糖度の高い
植物を開発し、多毛作を行って休耕田を使って何とか商業ベースに
乗せれるだけにはなって欲しいものです。

明治の時には単に食糧問題として品種改良が行われていましたが、今後は
持続可能な社会を作るためにもこのような環境問題、エネルギー問題に
関連した品種改良が重要になってくるかも知れません。

230中葉 ◆22bKXenR5Q:2007/01/07(日) 20:18:36
反則かもしれませんが、世界のルールを紹介します。

愛・地球博協会企画事業「地球市民村」:「持続可能性への学び」をコンセプトに展開
http://www.expo2005.or.jp/jp/N0/N1/N1.2/N1.2.26/N1.2.26.3/
“持続可能な社会をつくるためには、技術革新や制度改革と並び、
意識変革につながる教育の重要性が指摘されてきた(1992年の地球サミットで
採択された行動計画「アジェンダ21」など)。 ユネスコ(国連教育科学文化機関)は、
このアジェンダ21を受けて、持続可能な社会を達成するため、教育全体の再構築を提言した。
「テサロニキ宣言」(97年12月、ギリシャ、テサロニキ)と呼ばれ、
「持続可能性という概念は、環境だけでなく、貧困、人口、健康、食料、民主主義、人権、
平和、道徳・倫理、文化的多様性、伝統的知識などを含むこと」、「環境教育を持続可能性のための教育と
表現しても構わないこと」などの内容からなる。 他に、「持続可能性のための教育(Education for Sustainability)」
「持続可能な開発のための教育(Education for Sustainable Development)」「持続可能な未来のための教育(Education
for Sustainable Future)」などと呼ばれることもある。”

231中葉 ◆22bKXenR5Q:2007/01/08(月) 14:08:29
大神さんは、
“持続可能な社会をつくるためには、技術革新や制度改革と並び、意識変革につながる教育の重要性が指摘されてきた”中の
“技術革新の重要性”を指摘て下さいました。

私は、
“制度改革と並び、意識変革につながる教育”を実践しております。

お互い、一人だけでは片手落ちです。

コラボレーションしましょう!協働しましょう!

232大神:2007/01/08(月) 16:18:32
>>231

環境問題にしても一人一人の意識が重要になってきます。

例えばアメリカは京都議定書への批准を拒みましたが、ここ数年の間において
米国民のCO2問題に関する関心が高まっています(Yahoo Newsより)。

京都議定書に関しても非批准国や批准を拒否する国に対して批准と
実行を促すのに有効な手段となるのは世界の世論に世論に拠るところが大きいです。
そしてそのような意識変革や教育の裏付けになるのは技術的に可能かどうかです。

233中葉 ◆22bKXenR5Q:2007/02/06(火) 09:23:55
おっしゃるとおり裏付けが必要ですね。

両面から、手分けして、進めましょう!

234中葉 ◆22bKXenR5Q:2007/08/03(金) 11:07:12
上海万博(2010)までにウェーバーの呪縛を解くことはできるでしょうか?
ウェーバーが提起した謎は、
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の最後の以下の文章です。

“こうした文化発展の最後に現われる「末人たち」《letzte Menschen》
にとっては、次の言葉が真理となるのではなかろうか。「精神のない専門人、
心情のない享楽人。この無のもの(ニヒツ)は、人間性のかつて達したことのない
段階にまですでに上り詰めた、と自惚れるだろう」と。――
 ただし、ここまでくると、我々は価値判断や信仰判断の領域に入り込むことになる。
が、そこまでは、この純粋に歴史的な叙述に求めるべきではあるまい。
むしろ、われわれのなすべき仕事は、以上の素描でその一端にふれたにすぎない
禁欲的合理主義の意義を、さらに社会-政治的倫理の内容について、
すなわち、私的集会(Konventikel)から国家にいたるまでの
社会的諸集団の組織と機能のあり方について、明らかにしていくことだろう。
その次に、禁欲的合理主義の人文主義的合理主義とその生活理想や
文化的影響に対する関係、さらには哲学上ならびに科学上の経験論の発展や
技術の発展に対する、また精神的文化諸財に対する関係が分析されねばならないだろう。
(岩波文庫版 pp.366-368)”

私たちは、

万博で開催した7月8,10日2回の「持続可能なコミュニティづくり」シンポジウム
そのⅠ.「持続可能なコミュニティづくり」―組織とマネジメントからの問題分析
そのⅡ.「持続可能なコミュニティづくり」―文化と価値の創造をめざす問題解決

において、正にウェーバーが提起した謎と悪戦苦闘し、その後も悩み続けてきました。

でも、もうタイムアップです。

何とか、操作的な結論を出しましょう。

237中葉 ◆22bKXenR5Q:2008/07/30(水) 18:16:33
出します。あせらずに待って下さい。

238中葉 ◆22bKXenR5Q:2008/09/12(金) 15:30:51
なんとか結論を出せそうです。

「ラディカル・プランニングの媒介」という方法論をフリードマンが提供してくれたからです。

John Friedmann: Planning in the Public Domain: From Knowledge to Action, 1987, Princeton UP, p.389
http://www.amazon.co.jp/Planning-Public-Domain-Knowledge-Action/dp/0691077436

239中葉 ◆22bKXenR5Q:2008/09/12(金) 15:37:32
MRP(Mediations of Radical Planning)による取組み:

オルタナティブな開発にはラディカルな実践が必要であり、
実践は適切な理論によって方向付けられなければならない。
以下に列挙するような構造改革の理論によるバックアップと
媒介とがなければ、ラディカルな実践は定着できないであろう。 *)

1.資本主義社会の構造的問題(人種差別、父権社会、資源枯渇、
  貧困、疎外など)

2.システムの暗黒面を繰返し再現する現実を批判的に解釈する。

3.対抗し、改革する運動がないとしたら社会がどうなるかの
  未来予想チャート
4.解放のための実践に基づく望ましい詳細な未来イメージを練り上げる。

5.多くの人が望む未来の実現に対する既得権側からの抵抗を克服する
  戦略を提案。

*)John Friedmann: Planning in the Public Domain: From Knowledge to Action,
  1987, Princeton UP, p.389


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