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社会福祉と少子化問題

5ヤッス:2004/03/05(金) 22:54
スレ立て乙。

育児にコストがかかるようになり、外注化によって家族・家庭の崩壊も進む。
これが進んだ遠因は、核家族化の進行にあると思うわけだ。

古来、育児というのは共同体の中で共同して行われるか、
または「祖父母が孫を育て、同居している父母は労働力として働く」
という体制が理想的だった。
いわゆる大家族主義の復活という奴だな。

これだと、生活コストがこれまでより安く住む。
働き手である父母が労働に専念でき、長時間の通勤や労働に
適さない、ドロップアウトした祖父母が孫の教育、しつけに専念できる。

が、なぜこれができなくなったのかと言えば。
まずは家だな。
かつての日本では、そして現在の諸外国でもそうなんだが、
家というのは住み継ぐものであって、一世代ごとに新築するもの
じゃなかった。住み継ぐためには相応の広さ大きさが必要で、
なおかつそこには三世代くらいが同居することになる。
職業も家でするか、家の周辺でする、家から通える距離の仕事を、
何代にも渡って引き継ぐ、というスタイルになる。

ところが、職業を自由に選ぶようになった。
それによって職業に合わせた場所に住むようになった。
祖父母と父母の職業が違うことのほうが多くなった。
仕事が違うのだからライフスタイルも変わる。
また、そうした違いを「個人の尊重」として容認するようになった。
だから仕事に都合がいいように、祖父母と父母は別の家に住む。
当然、コストの高い生活(自前の家)を若い夫婦が維持するためには、
夫も妻も働かなければならない。
女性の社会進出は、家を夫婦で維持し、かまけることができない
子供養育費を労働によって捻出するために行われる。
祖父母には頼めない。
なにせ、同じ家に住んでいないからな。

シルバー世代はこれから「余生を消費する」時代に突入する。
本当はその備蓄や貯金や余暇を、孫の世話に使えば、
父母(祖父母から見た息子娘世代)は労働に専念できるんだが。

こうした矛盾の積み重ねが、子供の教育を「コストをかけて外注」
しなければならないというムダを生み出した。

中華民族が大人口を誇るのは、単に大陸が広いからってだけでなく、
大家族主義を取っていて、家も子育ても複数世代・複数世帯が
共有・共同で行ってきたからじゃないかと思う。
(富国強兵時代の日本も似たようなもんだろうな)

ともあれ、労働・職業選択の自由化、個人の尊重が、
世帯を細かく分割し、使い捨ての住み継がない家を量産し、
核家族化を進め、養育の高コスト化構造を生み出し、
それに対応した結果、子供そのものを出産養育する必然を下げた。
んなとこでどうか。


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