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占領軍の性犯罪に被占領国はどう対処しましょうか

172ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2003/11/06(木) 15:45
先に雑談を(^^;)
売春肯定論について言えば、「懐疑派は旧軍擁護だから従軍慰安婦を正当化するために戦前の売春防止法施行以前の状態に戻そうとしているのだ」と言われたことはありますが、それは考えすぎ(笑)
イカフライ女史が言われるように、経験と感性の問題は多分に否定できないでしょうけれども、>>171 無名祭祀書氏の意見にもあるように、過去の事例を検分して考えた結果そうなった、ということでしょうか。
私の場合で言えば、
「今ある結果は、何らかの必然に基づいてできあがったもの」
「結果に不満があるなら、それが求められた必然を見直せばよい」
「その必然は、どのように形成されたかを遡ることで、どこかに別の選択肢(解決策)があったかもしれないし、風土上の必然であった場合は修正は効かない(時期の早い遅いの違いだけ)だろう」
「ただし、現在得ている【結果】は終着点ではなく、さらに変化するだろう」
「何に変化するかについては、新たな必然を見つけだすことで予測できるかも知れない」
というカンジで考えた結果、「売春が仕事としてその価値を肯定されれば、それにまつわる【問題】は解決できたのではないか?」と考えるに至ったわけです。

「こうなってほしい」という理想というのよりも、どのような必然を検証できるかで導き出せる結論はいかようにも変わります。
私は「なるほど、それならあり得る」という必然を提示されれば、それに基づいて未来が変わる可能性はまったく否定しておりません。
未来はひとつではないですからね。
たぶん、この点が「未来はひとつで、こうあらねばならない、正しい未来の姿以外は認めない」という、「結論(理想)から入る純粋な方」との衝突の原因になっているのだ、という自覚はあります。
未来は、現代と過去を合わせた「結果」として出現されるものですから、その意味では「現在にとっての過去」を検分することと、「未来にとっての過去」である現在を検分することには、なんの違いもありません。
「まず、疑え」という信条を持つに至ったのも、そのせいかもしれません。


……雑談長すぎました(^^;)
では、本題で。




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