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反戦議論のための本棚〜最近の購入本/読了本は?
39
:
○○番長
:2003/10/05(日) 20:17
毎度。
『戦争の罪を問う』カール=ヤスパース
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582762565/ref%3Dnosim/inktomi-jp-asin-books-22/250-1394825-7229066
戦争や平和、政治に関する本を僕は殆ど読みませんが、この一冊は大変興味深い
本やと思いました。タイトルこそ『戦争の罪を問う』と、さも反戦平和派人士好み
ですが、中身はさにあらずと云った所でしょう。
歴史上類例のない犯罪行為を行ったドイツが、先の大戦後のヨーロッパを、如何に
言い逃れと詭弁を弄して生きていったかが分ります。ナチスを語るとき、
ヴァイツゼッカーを初めドイツの政治家は、基本的にヤスパースの論理に拠った
発言をします。ドイツ人全体に罪はなく、ナチス党員や一部のホロコースト実行者
のみに、罪があるのだと。
『民族全体の刑事犯罪を問うのは不合理である。刑事犯罪者は常に個人あるのみ
である。また民族全体を道徳的に弾劾するのも不合理である。民族の性格と
いうことはいうけれども、民族に属するすべての個人がこうした性格を持つと
いうことはない』
上掲書p61
『一つの民族の集団的な罪とか、世界諸民族の範囲内の一民族群の集団的な罪とか
いうものは、政治的に問われる責任以外には、刑事犯罪としても道徳的な罪と
しても形而上的な罪としても、存在しない。集団を有罪と断定するのは、
月なみの無批判な考え方が安易さと傲慢さとのためにともすればおちいりやすい
誤謬である』
上掲書p64
『なんぴとも道徳的な罪と形而上的な罪とについては、ある誰かが人間世界において
審判者の地位を占めることを承認するようなことはできることではない。愛に生き、
この上なく緊密に結ばれた人たちが審判者である場合は可能なことでも、隔たりを
置いて冷ややかな分析を行う場合には、してはならない。神の御前では妥当な
ことでも、それだからといって人間が審判者たる場合にも妥当だというわけには
いかない。神は地上に神を代表する法廷をもたない。教会に属する官職も、
諸国家の外務官庁も、言論を通じて示される世界の世論も、神を代表する法廷
ではない』
上掲書p65
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