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反戦議論のための本棚〜最近の購入本/読了本は?

34末丁伽:2003/10/05(日) 13:39
宗教が戦争の原因か

よく聞く言葉に「宗教は嫌いだ、特にキリスト教は、中世ではプロテスタントとカソリックがズーと戦争してきた。今も北アイルランドでは両者が戦っている。中東では、キリスト教徒とイスラム教徒が戦争している。どちらも自分の方が正しいと言いながら」
というのがある。
しかし本当に宗教だけが戦争の原因なのだろうか、
徳川家康がまだ岡崎の小領主にすぎなかったころ、領内で一向宗の反乱が起った。
すべての宗教的反乱と同じように、この時の反乱も大変に鎮圧が困難だった。その大きな理由の一つが、鎮圧に向った彼の家臣が、熱心な一向宗の信徒だったからだ。この家臣は、家康が戦さに来ると戦い、家庫が去ると戦いをやめてしまった。
こういうことが明らかになれば、死刑だ。(おそらく現代でも国によれば死刑であろう)。家康は激怒して彼のところへ来た。しかし彼は、自分の家来を処刑することは好まなかったので、最後のチャンスを与えようと思い、次のように言う。
「処刑か改宗か、どちらかを選べ」
家臣は平然として答える。
「改宗はしません。処刑を願います」
と彼は、首を差し出した。家康は刀を抜いて振り上げたが、何を思ったか刀を下ろして鞘におさめ、
「こんな頑固者は、処刑してもしようがない」
という。
その瞬間、この部下は彼の方をふりむき、突然、
「ただ今、改宗いたしました」
という。家康は驚き、
「お前は何というひねくれ者だ。処刑するといえば改宗しないといい、処刑をやめれば改宗するという、一体、どういうわけだ」
と聞く。すると、家臣は答えていう。
「命が惜しくて改宗したといわれることは「侍の意地」が許しません。だがこれで私は、たとえ改宗しても、命おしさに改宗したのでないことが明らかになりました。だから改宗します」と。
これは日本人の考える宗教や生き方を知るのに、非常に面白い事件だ。もし、仮りに彼が処刑されたとすれば、彼は一向宗の殉教者だ。 改宗を拒否して処刑されたのだから。だが事実は、「彼は侍の意地に殉教した」のであっても、「一向宗に殉教したのではない」。
日本以外の国では、宗教とは命そのものか、命を意味づける原理である。ところが日本では、命を支える手段でしかない。だから命を賭けるほどのものではない。
家康の家臣の本音レベルの宗教とは、「侍の意地そのもの」であって、一向宗ではない。
これは今の日本でも同じで、どの宗教も大本は同じで、「分け上る麓の道は多けれど 同じ高峰の月を見るかな」で、宗派にこだわるのは愚かである、まして「そんな宗旨のゆえに戦争などするとは、愚か極まりない」と、たいてい思う。それは宗教をあくまで「自分の命を賭けてでも守るべきそのもの」と見ているのではなく、それに至る一手段に過ぎないと見ているからなのである。
ところが、日本以外の国では、宗教とは、命以上のものと考えられている。神とは、一個人の命以上に価値あるものと考え、信じる。だから、その神のためには命を惜しまないとなる、ゆえに宗教が戦争となる場合がある。それは本音と本音がぶつかるからである。
〜続く〜


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