したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

反戦議論のための本棚〜最近の購入本/読了本は?

33末丁伽:2003/10/05(日) 13:38
善意が国を戦争に導く

また、この「地獄への道は善意の石で敷きつめられている」という言葉は、誠意や善意さえあれば、事は必ずうまくいくという考えでもある。しかしこれは危険で、こういう考えが逆に人をとんでもない不幸に導くのだ。
この類似の言葉に「至誠、天に通じる」があろう。「誠を尽くす」、即ち物事を善意で処置すれば、必ずうまくいく、という考えだ。ということは、逆も言えて、「うまくいかないのは善意や誠意が不足していたからなのだ」、となる。私は宗教家(?)なのに、こういう考えを真っ先に否定する。人の良心とか、善意や誠意とか、至誠などというものなど、そもそも信じない、そういうものが人々に如何にないか(私はいい加減な人間なので、人は私と同じと想うので)、至誠などありはしない――と思う。そういうものこそが、天国を造るどころか地獄を造るのだという説に大賛成である。
たとえば、昭和のはじめから20年にこの国を支配し、日本人だけで三百万人、他の国々では二千万人以上を死に追いやって、日本を滅ぼすほどの大戦争をする愚行を犯した帝国軍人は、極悪人だということに最近までなっていた。しかし彼らは実像は、マジメで善意に溢れる涙もろい優しい人であったのだ。だからこそ彼らは戦火で倒れた人々の無念や悲しみを思うと、戦争を辞めるという決断が出来ないでいたのだ。理性的で冷酷な人間であれば、非情な決断も出来るというものである。(軍隊は典型的な官僚組織であり、その共同体の仲間内では和を尊ぶ穏健な人格者が出世する。しかし、軍部という共同体の利益は多くの場合、国家の不利益になる。これらについては前に述べた。)。
「至誠、天に通じる」という考えをすぐ信じる人は、素直でよろしい。しかし、まだそういう至誠を尽くしたという体験がないとも言えよう。現実は、ナカナカ至誠が天に通じないのだ。
“至誠、天に通じる”と信じるから、「和をもって貴しとなす」という言葉が有難たがられている。これが「何事も話合えば分かってもらえる」という信念に繋がる。日本の諺にはこういう人の良心を心底信じる楽観的見方に根ざすものが多い。ということは、恐らく「徹底的に話し合う」という事がなかったということなのではないか。「徹底的に話し合えば、分かり合えるなぞというほど、人は甘くはない」と分かるからだ。そもそも日本語や日本人は議論が下手で、一方的にしゃべりまくるだけの「念仏か、祝詞か、イヌの遠吠え」におわる。書かれた文章にも、契約というような捕え方はなく、「お守りの護符か、魔よけのしるし」ぐらいにしか理解していない。
こういう人間の現実への楽観的な見方は、戦争についての楽観論にもそのまま現れる。日本人は何事にも考えが非常に甘いのである。
戦争は、天然自然の災害のごとく、ある日ある時ある所に突如としてぼっ発するものと錯覚を起こす。戦争は、膨大な人命と物量を巻き込みかねない高度の組織的大事業である。いとも、気軽にほんの思いつきで始めるような、おっちょこちょいの国があるはずがない。
現在でも、我が国がこの国際社会の中で威信を保ちながら生き延びることは、たいへんな事業なのだ。手放しの平和論では、国際社会で一目おかれる平和国家を建設することはできない。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板