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反戦議論のための本棚〜最近の購入本/読了本は?

23末丁伽:2003/10/05(日) 13:34
平和念仏主義

平和をみなが願えば平和になる。平和、平和と言ってれば、平和になる(念仏平和主義―司馬遼太郎)。軍隊があるので軍事行動が起こり、武器があるので戦う。だから軍隊を廃止し、武器を捨てればいい。その上で、非武装中立と叫び、武器を自ら捨て「絶対無抵抗」、「絶対平和」を誓えばいい。―――島国のゆえであろうか、日本には、こういう考えが非常に好きな人がいる。しかしこんな発想が果たして世界に通用するか、考えてみよう。
イザヤ・ベンダサンは、日本人は安全と水とはタダであると思っているといった。戦後の日本において、平和もデモクラシーもタダなのだ。だからこのようなオメデタイ信念がまかり通り、若干の政党まで出来るとなる。他の国では考えられない珍現象といえよう。
だれも戦争のことなど少しも考えずに、また口に出さなければ、けっして戦争は起こるはずはないと堅く思い込み、一つの信仰にまで高められる。そういう平和念力教徒が多数いる。「戦争なんか口にする奴がいるから戦争が起きる。そんな奴は平和の敵であり、人民の敵である、社会から抹殺してしまえ」となる。だれも戦争のことなんか思ってもみないことになったら、それだけで日本は安泰、つまり神州不滅というわけだ。
「戦争に負ける」なんて思う奴がいるから負ける。国民全体が必勝の信念でこりかたまっているかぎり、ついに神風が吹いて日本の勝利うたがいなし、というわけだったのだが、結果は「願い空しく」無残な敗戦だ。それにも係わらず、平和念力主義者はしぶとく生き残り「平和憲法を守れ」等といっている。 
しかし「戦争はイヤだ。心から平和を欲する」と言ってみても、戦争は起きる、のぞむものはかなえられるという念力主義は、地震や火事を忌み嫌うなら地震も火事も無くなる、と信じるようなものである、
こういう「平和をとなえ、願えば、平和がくる」という、心情的な「念力主義」は、なんの役にも立たない。それだけでなく、危険で有害ですらある。


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