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在日朝鮮人の立場って?
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>>721
>身内同士の反目
むしろその「法的立場の違い」の不理解が不公平感に繋がるのでは?
事実、「日本国籍を持った日本人」と「日本国籍を持たない外国籍人である在日
朝鮮韓国人」との間は、「法的立場の違い」としてその権利の差が理解されてし
かるべきところを、「不公平感」を抱いている方々が少なからずあるために、「法
的立場の違いをそのままに、同じ権利をくれ!」という話に繋がっているのでは。
>民族の誇り
「自己肯定」は、「個人の肯定」と「母集団(血族、同族)の肯定」のどちらに対し
てでしょう。「個人の肯定」であるなら、所属母集団としての「民族」を引き合いに
出す必要はないのではとも思うわけですが。
彼らが「僕の誇り」「自分の誇り」と言う分には、十分に理解できます。
「民族の」と言い出した瞬間から、「君はどこに属しているのか?」という疑問を
抱き始める人が、少なからず日本人にはいるのでは。
ただ、これは日本人自身が「アイデンティティとルーツの確認」としてのナショナ
リズムを捨て去る方向の教育を受けて育ったことと、無関係ではないように思い
ます。日本の戦後教育は「ナショナリズム」「愛国心」に戦前の狂奔的な行動=
悪を重ね合わせて教えていますので、多くの戦後日本人にとっては「民族に帰
順する、民族の誇り」というのは後ろめたさを伴う感情があります。(本来は、そ
れもおかしいと思うのですが、今もそれを引き合いに出すと右翼呼ばわりされる
ことが多いです)
つまり、「民族を誇ること」が後ろめたい日本で、「民族を誇る」人々を見ている
と、「良くないものを見ている」ような錯覚に陥る、そこから生理的な嫌悪感(と
いうほどのものかどうかはわかりませんが)に繋がる「差別感情」を芽生えさせ
る人もいるのかもしれません。
その意味で、「民族の誇り」を誇らないほうが、現代日本には馴染みやすいの
ではないでしょうか。
帰化しない在日諸氏、または帰化後の在日諸氏が「民族の誇り(母集団への
帰順に、肯定意識+他者と比較した上での優越感を感じる)」を肯定した上で、
日本人がそれを尊重するなりするためには、日本人自身も同質の「民族の誇り」
を持っていく必要があるかもしれません。
ですが、その「民族の誇り」が、李承晩から現在に続く韓国の反日観のような
「比較して優劣を定める」方向に進めば、平和にとっては好ましからぬ方向に
進むことは、火を見るより明らかでしょう。
現状は「日本だけが民族の誇りを捨てる」方向で50数年間きました。
「民族の誇りを、僕らは捨てた。君らも捨てろ」
と、「差別撤廃と平和のために」訴えたら、彼らは自己肯定の手段を失うので
しょうか?
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