[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
うろちいからのお知らせ
206
:
ヤスツ</b><font color=#FF0000>(CnaUXqoo)</font><b>
:2003/09/08(月) 12:51
平和についてできること、または自分の考える平和を実現するために日常でも可能なことについては、すでに実施しておりますが、それはぼーん氏が考えるそれとはずいぶん違うようですね。
ぼーん氏が考えるそれとは違う方法で平和を楽しめる方法をしている、ということの証明になるかどうかはわかりませんが、私が「ナニを持って平和」と考えているかについては、ぼーん氏が決して足を踏み入れない「サイド6」スレをご覧になれば、そこから一端をかいま見ていただくことができると思います。
国家天下の平和だけが「平和」ではないでしょう?
ミクロな平和から俯瞰できることもあるでしょう?
私はミクロな平和については、日常生活上でいくらも実施していますよ。
隣の国のことを、目に見える形で「思ってみる」ということ、社会学や政治学の十分な知識がなくても、未成年や社会的経験が十分でない人でも、他人や他国のことを幸福な気持ちを伴って考えずにはいられないように誘う方法は絶えず「試して」います。
考える、で終わっていないこと、実際にいろいろな効果を得られてもいますし。
ともあれ、平和というのは「認識」と「同意」が必要という、その点については同感ではあるんです。
無関心は敵であるというのもわかります。
しかし、同意を伴った関心はプラスに働くでしょうけれども、同意を伴わない関心は逆方向の力にしかならないのでは? とも思います。
理念と抽象論を振りかざすだけでは、どうにもそれらを「現実」に援用することができません。翻訳の段階でそれらの解釈が個々に委譲されすぎではないですか?
理念からの解釈として、具体的には? という他者の方法論や具体化論を参考にしたいという申し出について、何か困ることがあるとか、方法論を独占してどこにも流出したくないとか、そういう偏狭な権利意識があるわけではないんでしょう?
ともあれ、おそらくご覧になっていないであろう「サイド6」スレ向けのネタを、あちらのスレでお待ちしています。
平和のために。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板