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「α」についてはここで語ってください
63
:
○○番長
:2003/08/02(土) 01:42
続きです。
>私たちは、皆、態度としてはαにコミットしていますよ、という態度をとるのです。
>いかに行動が矛盾していようとも、口ではなんとでも言うのです。
>そこに、逆説的ですが、可能性もあると思っています(
>>60
)
そうですね。ポアしてやるのも相手に功徳を積ませるため、とゆうオウムの理窟も、
確かにαに反していません。いかに行動がαに矛盾していようともです。
それにも同意します。ただそれでは結局何も事態は変わらない。
汚れた壁を黒いペンキで塗りつぶすが如く、善も悪も、正義も不正も、
等し並に扱う思考停止の源があると危惧します。
>現実に平和が達成されないのは、人々がαと矛盾した行動を政府に許している、
>あるいはそれに気づいていないから、というのが僕の現状認識です。
>現状に置いて、「αが否定されている」とは、考えていません。
>非常に弱いですが、誰であれ、αにコミットせざるを得ないので
>コミットしているわけです(
>>60
)
そう誰であれαを当為として認めざるを得ない、たとえ行動が矛盾していたとしても。
ぼーんさんとは逆に、それこそが正にαの致命的弱点やと考えてるんですよ。
αに矛盾している政府を糾弾するといっても、糾弾される側、する側双方とも
α肯定者ですから、認めた理念の差で互いの立場の正邪は決められない。
何をもって糾弾する側の正当性を、またされる側の不当性を決めるかといえば、
その行動でもって判断する他はありません。
しかし、理念と行動の矛盾は、理念が崇高であればある程大きくなりますから、
αに合致して行動できる国家や組織、個人はありえません。みんなαの前では
罪人であります。
αを当為として認めた瞬間から、人はみな背教者にならざるを得ません。
αとの矛盾の程度で行動の良否を決める方法も確かにあります。ホロコーストと
怨恨からの殺人は同じではありません。盗みと戦争犯罪は同一視できない。
そう考えれば、αからの距離で互いの正当性を決められるように見えます。
しかしそこが大きな問題です。その正当性を巡って争いが起きるでしょう。
αと行動との距離、それを測る規矩について醜い諍いが繰り広げられるに違いない。
それはそうです。自己の正当性を保証するものはαしかないのですから。
αを完全に遵守可能な人物・組織があれば問題は起こらないのですが、
悲しいことに、人間が人間である限り、それは為す能ざることです。
客観的に正しい判定者が居ないとすれば、自分に不利となる『αのガイドライン』を、
いったい誰が受け入れるでしょうか?
現実世界にαを持ち込むことは、思考停止か、互いを殲滅しあう無限の闘争
以外の何ものをも齎さないのでは?と僕は考えます。
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