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52
:
ぼーん
:2003/07/28(月) 13:02
愛国心スレより引越し。
101 名前:ぼーん 投稿日:2003/07/26(土) 01:50
>>61
番長さん
隣のスレには復帰しましたが、こちらはまだ放置したままでした。すいません。
ごく簡単に。
I氏の信念にしたがってぼーんを批判することは無意味です。
ぼーんの信念にしたがってI氏を批判することが無意味なのと同じように。で、
> たとえばぼーんはん以外の者にⅠ氏が差別的な扱いを受けたとすると、Ⅰ氏は自らの論理・自分>他人
> に従い、差別者に対して差別はもとより平等な扱いをも拒否し、敬意を表するように求めることが出来ま
> す。それは自らの論理に合致しているからです。
> さらに、ぼーんはんがⅠ氏と自分を対等と見做しまたそう扱っても、Ⅰ氏はぼーんはんを不当だと訴える
> 資格を持ちます。これもⅠ氏の内的論理から由来します。
は、上記の「批判が無意味なケース」に当たります。
> もちろんぼーんはんも自らのαに従い、Ⅰ氏の不当性を非難することは可能ですが、Ⅰ氏の資格云々には言及できません。
はむしろ逆で、僕が自らの信念にしたがって相手を批判することはやはり無意味です。
他方、I氏が、ぼーんの信念を共有しないが、しかしそれに基づいてぼーんを批判することには意味はあります。
ありますが、ここではむしろ、「I氏には批判する資格がない」と、資格を云々することはできると思います。
ぼーんは、少なくともI氏の選択したルール上、否定されていない振る舞いをしているだけですから。
> 最後に一番の不具合は、Ⅰ氏がぼーんはんを如何に差別的に扱ったとしても、彼は自らの信条に
> 矛盾しないでしょうが、その逆は明らかにぼーんはんのαに抵触してしまう。何故ならαは自分と全
> ての他人が対等だとゆう理念なのですから。
それを批判することはできます。
で、その批判を僕が聞かなければならないのは、批判者がαを肯定しており、僕とその批判者との間で
αが共有されているときだけです。
もし、その批判者がαを共有していないならば、僕はその批判を「聞いても聞かなくてもいい」とまでしか
いえないはずです。「あなた矛盾してるんじゃないの?」と聞かれたら、「そうですね。で、何か文句ある?」
と僕は言い返したとして、そのα否定者に言えることは既に残ってないでしょう。
I氏が何もいえない、という意味では、僕自身がαに抵触していたとしても、大した問題ではありません。
# 別の意味では大した問題になりえますが。
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