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「α」についてはここで語ってください

123ぼーん:2003/08/10(日) 08:00
>>114
> また縷縷述べるとして、それを守らせる実行力は、武力が根幹になると僕は
> 考えているのですが、ぼーんさんは如何お考えでしょうや?

そういう事態はありえるし、実際にもありそうですよね。
ただし、武力は用い方次第ですよね。
今回のイラク攻撃のような用い方であればα破壊的に作用しますが、
国連決議を取り、査察団委員長の意見をきちんと尊重し、
攻撃理由の証拠はきちんと(事後的にでも)吟味する、
等々のルールにきちんとのっとって武力行使が行われるなら、
かなりのケースで(最終的な武力行使を否定しないまでも)
武力行使を行わなくても成果を挙げることは可能だと思います。

> 普通に考えれば、最低限度の食料>おやつに違いありません。
> それで大揉めすることはないでしょう。権利の比較だけならば。
> ただ実際問題として、目の前にいない人々の苦悩、たとえそれが飢餓線上の
> 人達のものであったとしても、その苦しみをどこまで人間が共有できるか
> 僕には相当疑問です。同苦同悲の境地に至る者は僅かでありましょう

そうですね。
だからこそ、この面でのメディアの役割は重大です。
マスメディアの役割がそうだし、デモや様々な学習イベントなどの意義もこういう点にあります。
私たちは、その事実をしっかりとかみ締めるように考えるならば、やはりそれなりに痛みを感じてしまうもののようですから。

私たちは、他者の痛みが自分の痛みとならないように様々な装置を私たちの周囲にめぐらせています。
その「装置」のありようについては、http://www.lifestudies.org/jp/mutsu.htm 森岡正博『無痛文明論』がとても参考になります。
これら「無痛化装置」にいかに抵抗するか、が1つのテーマとなるでしょう。

> 実行するしないに関わらず、
> 余剰分を飢えた人々に分け与えるように要請するでしょう、理念αは。
> また衣食住など全てにわたってαが介入するようになれば、あまりに窮屈な
> 世界になってしまう。それは大げさだと思うかもしれませんが、理念とは
> そういうものです。無条件の当為とはこういうものです。

そのとおりです。その窮屈さを、まずは実感することです。
そして、窮屈ながら、私たちはそこまで徹底して自分の物を手放すことができない、
ということに気づくはずです。まさに自己矛盾。

この自己矛盾がエネルギーになります。
そこから先の道の1つは、「我欲を捨て、より多くの物を手放すように自分を変える」
ことでもあるでしょうが、それだけではないし、それよりももっと重要な道があるように思います。
「生存ギリギリ以上のものをすべて他者に譲渡せよ」という命令を私たちが受け取らざるを得ないのは、
責任ある人々がすべては動き出してはいないからです。
すべての人が動くならば、私一人の譲渡すべきものは、「そこまでは」多くないはずです。
そして、αの恩恵をこうむろうとするすべての人に、同じ義務があるはずです。
だとすれば、「他者にも義務の履行を求めること」がなすべきこと、できることの1つになるでしょう。

# それでも結構な量にはなると思いますが。


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