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イラク攻撃、日本はどう出る? どうする?
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脱線をひとつ。
先ほど、「布施について解説しているURL」という形で、とあるお寺の法話のページを紹介しました。
私は趣味として宗教の説話とか法話とか神父さんのお話とかを聞くようにしているのですが、「○○○という姿勢が大事」「できなくても戒めようという気概が重要」「大切なのは結果ではなく今を正しく生きる(ための判断をその都度その都度していくこと」という表現は、あらゆる宗教に共通して登場します。
「人間は弱くて、崇高な理念を掲げても実現できない」「実現できないが、それをしよう、という姿勢くらいはもてば、できていなくてもできた気になり、気が楽になる」ということを教えているわけですね。
つまり、宗教というのは「気を抜いて楽になる」「リラックスする」ために必要なのだろう、と思います。それが必要な人は宗教によって気が楽になるのがいちばんです。葬式、追悼式、ミサといった慰めのための宗教的儀式というのも、気を楽にさせるためのものとして否定しませんし。
ただ、「そういう姿勢をとっていれば、いずれそうなるだろう」というのだけじゃやっていけない。
だから、「そういう姿勢を取るものには、利益を優先して分け与える」に代わっていく。私は戦争と同様、宗教も「政治の一手法」と位置づけています。政教分離が完全にできている政体なんか、そうそうないですから、実際的はずれな話でもないだろうと思います。
「そういう姿勢を取るものに与える利益」は、来世利益型と現世利益型がありますが、「天国の門に入れないぞ、地獄に堕ちるぞ」は来世利益型。「信心すれば生活が楽になり、お金が儲かるぞ」が現世利益型です。
発祥時期の古い宗教は「今の世の中ではなく、未来の結末を約束する」という来世利益型が多かったンですが(今もけっこうありますね)、政治と密接に結びつき、今すぐ効果を見せなければ納得されない時代の宗教は、現世利益型にシフトしていきます。
私は反戦平和運動は、あらゆる意味でこうした宗教と類似点を持っていると考えています。といっても、世の反戦主義者すべてを新興宗教の手先と考えているわけではありません。救済を必要としている人なのだなあとは思いますけど。
ただ、反戦運動が宗教なら、それは来世利益ではなく現世利益型でなければならないのではないか? と思います。
今、目の前の戦争を止めたいわけでしょう? もしくは、自分の死後ではなく、自分が生きているうちに起こる近い将来の戦争を起こさせたくないわけですよね?
それならば、現世に利益のある「効果のある方法」を考えていかなければなりません。
対話をしていればいつかはとか、そういう姿勢をとることが重要とか、戒めが大事とか、そういうことを言ってる場合とちゃうのではないかな、と思うわけですね。
その意味で、「理念」が共有できなくても、「政策」が共有できるよう、何らかの提案がなされれば、無駄にはなるまいと思って居るんですが、通じてますかね?
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