したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |
レス数が1スレッドの最大レス数(1000件)を超えています。残念ながら投稿することができません。

イラク攻撃、日本はどう出る? どうする?

705ヤスツ:2003/04/11(金) 00:26
>>702
ここまでを前提としてご理解いただかないと、次に述べる「回答」はおそらくピンとこないだろうと思います。

さて、続きです。
私は、武器・兵器の存在を認めています。また、それらは「実力」を伴っていなければならず、その実力は「広く知られていなければならない」と思っています。
核兵器が冷戦の主役(抑止力としての)足り得たのは、最初に広島と長崎に実際に使われたからだろうと思います。
よい兵器ではありません。無差別殺戮の大量破壊兵器ですからね。
しかし、それが使われなかったら、抑止力としての効果は期待できなかったでしょう。何度か危ういこともありましたが、広島/長崎で得られた「実力」が広く知られたからこそ、「実際の戦争には、以後使えなくなった」とも言えますね。

長く使われない、もしくは「使えない兵器」というのは、逆に抑止力としての効力が薄れてきます。何しろ、持っていても使えないし、「使うぞ」という脅しもうかつにできないわけですから。
そうなると、通常兵器で十分な「やるといったらやるぞ」という抑止力を得なければなりません。
兵器をなるべく使わずに、持っているだけで抑止力が発揮されるようになるためには、誰かが実際にその「切れ味」を世界の日の下に晒さなければ無意味です。

武力行使というのは毎回(湾岸戦争でもそうだったし、英アルゼンチンの戦争でもそうでしたけど)新兵器の実験や威力の示威の場でもあり、その示威行為がしばらくの間は他の国々に「戦争のやばさ」「不利益」「兵器の威力」を刻みつける薬効になります。
その意味で、兵器の犠牲になる誰かのおかげで、我々はその犠牲にならずに済んでいるとも見ることができるわけです。

こういう考え方は、「自分は絶対に死なないつもりで、他人の犠牲の上に安住している」と言われそうなんですが、兵器の威力を世界が目の当たりにする機会がなければ、それらの兵器に対する畏怖心は沸いてこず、兵器は畏怖心を抱かれることによって初めて「使わずに効果を発揮する非破壊兵器」になれるんではないかな、と。

私は兵器全廃には反対です。そして、兵器の効果、効力についての知識とそれらに対する畏怖心は誰もが正しく広く持つべきだと思っています。
そのことが、兵器を「使わずに最大の効能(=安全保障)を得る」ことに繋がると考えます。

さて、私の回答は終わりました。次は武蔵さんの番ですよ。




掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板