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イラク攻撃、日本はどう出る? どうする?

565ヤスツ</b><font color=#FF0000>(CnaUXqoo)</font><b>:2003/04/08(火) 18:32
>>563
イカフライさんはご職業柄、他の作家さんのマンガも読まれますか?
ヤスツ愛読書(というほどでもないか)に「め組の大吾」がありますが、この中に、「消防士はもし要救助者を助けられないと思ったら、自分が必ず生きて帰れ」というようなセリフがありまして、なんか記憶に残っています。
「誰かを助けるために、自分が犠牲になっちゃいけないんだ。自分も助ける。自分が助かるならそれはそれで要救助者1救出なんだ」みたいな。

あとこれはまた別のマンガだと思うけど、何で読んだのかが全然思い出せない。ファンタジーだった気がするなぁ。
「誰かを救う、誰かを助ける、そんな思い上がったことを考えているのかね? キミは何様か? 我々は、我々自身を救うことだけで手一杯だ。
誰かが苦しんでる? 苦しいならどうしたらいいかそいつも自分で考えるだろう。考え方を教えるくらいはできるがね、自分を救えるのは自分だけだ。誰かを救えるなんて考えるのは思い上がりも甚だしい」
手塚治虫の「ブッダ」のわりと早い巻にも似たようなセリフがあったような。手元にないんですが。

我々が、「自分なら誰かを救えるのでは」と、つい【思ってしまう】のは、善意からかもしれません。もしくは、「いつか誰かに救って貰うための先行投資」なのかもしれません。
でも、救済ちゅーのは、他人にしてもらうことなのかな? 救われたいと自分で思って自分でもがかない人は、結局何をされても救われないんじゃないかな?
また、「誰かを救ってあげる」ということを、無償であれ有償であれ考えるというのは、やっぱり烏滸がましくないかな?

「かわいそうだ」「自分なら攻撃されないから、自分の後ろに隠れなさい」「それはひどいことだ」てな論調の反戦意見をよく聞くんですが、それは「自分は安全/満ち足りているから、自分の徳を分けてあげよう」という発想なんですかね?
「我々は十分に富んでいて、満たされている。だから、貧しく、満ち足りていない人に施しなさい」というのは、ひろく普遍的な善行の形態なのかな、とも思います。
そういう「長者の論理」を、安全保障論にまで持ち込んでいいのかなぁ?

他人の命を救うとかそういうことについて、どういう立場からそれを訴えているんですか? 反戦派の方々は。




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