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イラク攻撃、日本はどう出る? どうする?
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どうもお久しぶりです。
どうも議論が煮詰まっているようなので、これまでの皆さんの意見を拝見して少し整理しながら僕なりに考えようと思います。
で、皆さんのこれまでの議論を荒っぽく整理しますと、
反戦派:イラク国民の生命と日本人の生命を等価に見る
懐疑派(仮にそう名付けます):日本人の生命を最優先
と言う事だと思います(ちなみに僕はそれぞれのスタンスに付いては優劣はつけません)。これは言い換えると、
反戦派:他人の事も我がことと見る普遍主義
懐疑派:他人の事は他人の事、自分の事が最優先と見る個別主義 とできます。
これは実は哲学・思想史上、幾度となく議論が繰り返されてきた大きな議題なんですよね。従って安易にそれに決着をつけるなど僕にはできませんし、それをする人がいたとしたら「それは違う」と指摘するでしょう。
それぞれにそれなりの筋が通った部分があるのは事実ですし。
で、僕が何が言いたいのかというと、それぞれのスタンスは人其々が選ぶべきものですですからそれを批判する事はできませんが、
少なくともその立場を選ぶのならば終止一貫すべき態度というものがある、と言う事です。
例えば前者の普遍主義的な立場に立つならば、
イラクの独裁政治を日本に対するそれと同じように怒りを持って批判しなければならないし、イラク難民が出てくれば日本人難民と同じように彼らに援助を与えなければならないでしょう。
またそれはイラクだけではありません。イラク戦争の陰に隠れてはいますが、世界中には戦争に限らない難民が多数存在します。それらの人々に対しても同様の態度をとるべきでしょうね。
そこでお聞きしますが、反戦派の人達は戦争以前に積極的にイラクの独裁政治排除を訴えていたでしょうか?また、現在イラク戦争の陰で注目されていない同種の問題に対して、イラク戦争に対するのと同様の関心を持っているでしょうか?
少なくとも思想上の一貫性を考えるのならば、これらの事を考えなければなりませんよ。
またそれと同時に、この考え方では『世界は一つ』ですから、少なくとも「主権侵害」を理由にしてアメリカの行動を非難する事はできません。なぜなら『主権』概念こそ個別主義の最たるものですから。
そう、現在のアメリカの「中東を民主化する」という主張(僕はこの主張は多分にプロパガンダだとは思いますが、アメリカは半分位は本気であるとも考えています)も
反戦派の人々の考え方とは違いますが、「普遍主義」的思考の一形態でもあるのです。
逆に後者の個別主義的な立場に立つのならば、
ある国家が別の国家を助けるのは「それが利益をもたらす」時のみ、と言う事になります。
そういう考え方であるのならば、今回の日本のアメリカ支持・不支持如何に関わらず日米安保はアメリカ側の都合によっては履行されなくなる場合が出てくるでしょう。
また北朝鮮の核開発についても国際条約・協定等の普遍主義的な立場から批判する事はできなくなるでしょうね。
もちろん僕は上で挙げた内容が極論に過ぎるという事は理解しています。おそらく誰も望まない考え方でしょう。
しかしながらこれは、其々の思想を徹底させた上の終着点でもあります。思想を徹底させるのはそれぐらい大変な事なのです。
それは実際の生身の人間や国家が選ぶ事のできる選択肢でないのはおそらく誰もが理解できるでしょう。
いくら普遍主義の立場に立った所で、全世界全ての人間の其々の運命まで気を配ることはできないでしょう。それは人間の能力を超えています。
いくら頑張ってみても、見た事もいった事もない国の人々の運命は「統計上の処理」しかできません(もし「自分はできる」という人がいるのなら、その人は詭弁家か千年に1度の大宗教家でしょう)。
いくら個別主義の立場に立った所で、全ての人が自分とは全く違う思考形態をしているとは考えられないでしょう(そのような場合、「合理性」すら導き出せないでしょう)。
どう考えても、「合理的思考」という「人間間の最低限のルール」を基底にしない限りあらゆる社会的ルールは成り立つものではありません。
ここで話を現在の議論に戻しますと、
・其々の思考スタンスでは貫き通すべき筋道というものが存在する
・しかしそれを徹底させた理念型(イデア、と置き換えてもいいでしょう)は実際的な選択肢では有り得ない
という事を僕は言いたいのです。
良くも悪くも人間は多面的な存在です(いい加減、とも言い換えられるでしょう)。
そこを単純化して議論をするのは「ためにする議論」であって、現実には何の影響も及ぼせないでしょう。
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