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イラク攻撃、日本はどう出る? どうする?
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>>26
「キリスト教に基づいた世界」と「イスラム教に基づいた世界」のどちらがマシか。
……というよりもぉ(桂三枝風に)、
「キリスト教になびかないとき」と「イスラム教になびかないとき」に、味方にならない(またはあからさまな敵になった)ものに対して仕打ちが激しいのはどっち?
そして、どっちになったほうが、仕打ちを回避しやすい?
という、わりと「マイナス要素を比較した場合の選択」をしているのではないかな?と思ったり(^^;)
キリスト教もイスラム教も、いずれも「一人の神とだけ契約し、他の神を信奉しない」という、一神教(砂漠のオアシスの宗教ですよね。どっちも)に基づいています。
信義を重んじる(オアシスの違約は命に関わるから)という意味では、一神教は優れていると思うけど、「不特定多数の異種の民族同士の共存」には、どちらも向いてない。
なぜなら、どちらも「神様の言う通りにすればうまくいきます。神様の認めない、他の神様の言うこと聞いたらダメです」という宗教であって、「他の神様」の存在を認めない(=他の民族の正義を認めない)ですから……(^^;)
キリスト教は、複数の国に布教されることで、「国と領主は違うけど、教会という共通のネットワーク」を築き、文化や技術の交流を促進したと思うです。ヨーロッパ圏の発展の基礎はそこにあったと思います。
キリスト教が世界に布教されていく過程で「宗教裁判」という一種の自浄作用(亜流を排除する作用)もあったです。
キリスト教内部での宗教内戦(カソリックとプロテスタントとか)はあったにせよ、概ね「亜流を排除する」という方針は今も変わってない気がします。
イスラム教は「改宗か死か」というのばかりが知られていますが、「改宗か死か、そうでなかったらカネを払うか」という異教徒に対する第3の選択肢が存在することは、あまり知られてないです。
キリスト教より後から成立した一神教だけあって、「異教徒との共存」という意味では、イスラム教のほうが自由度が高いです。
生活そのもの(それこそ、顔の洗い方から息の仕方まで)を宗教としていることから、戒律至上主義のように思われがちです(もちろんそういう宗派もあります)が、実はキリスト教と基本は同じで、「約束事を守ること信条とする砂漠の合理性」に基づいた宗教です。
日本人の場合、こうした一神教的な精神は、なかなか理解しにくい部分があるんではないかと思います。
これは、歴史の問題というより、「風土」の問題です。
過酷な砂漠、点在するオアシス、そのオアシスを基本とした「契約」に基づく生活を、確実にするための宗教(=一神教)として、キリスト教やイスラム教が発生したことについては、納得いきます。
そういう風土なわけですから。そして、過酷な風土に生きる人々(過酷な社会環境も含まれるかも知れません)に、そういう信仰(宗教)が定着するのも納得です。
宗教は、「同一風土に暮らす、不特定多数の人間に、秩序を与え、社会を維持させるために必要な政治手法の一種」ですから、同一または近似の風土/環境で、近似の宗教が流布することには返す返すも納得いきます。
日本の(過酷とは言い難い)風土を見返すと、そうした宗教/社会秩序の維持方法は馴染みません。まず、そのへんから見直さないと、中東/中亜のイスラム教圏国家と、欧州/米州のキリスト教圏国家の、基本的な「思想の違い」は理解しにくいのではないか、と。
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