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3.11以降の世界と現代文明のゆくえ
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藤原肇
:2012/08/12(日) 07:59:00
フランスに戻り結婚した私はサウジでの体験に基づき、T.E.ロレンスの『知恵の七本柱』を研究したいと考え、文学部に学士入学して英文科の学生になった。英語を嫌悪し高校で英語の単位を取らなかったのに、英文学科に入ったのは矛盾だらけだったが、世界で仕事をするための方便として仕方がない妥協だった。この頃にオフショア開発として大陸棚の掘削が進み、ピレネー山脈の周辺での石油開発に続いて、北海やアドリア海で石油掘削が活況を呈したが、そういった現場での体験を蓄積しているうちに、大西洋の彼方からビッグニュースが飛び込んできた。それはアメリカ大陸最大の油田がアラスカで見つかり、ノーススロープが世界中の注目を集めているという知らせで、アラスカに行かなければ行けないと思った。だが、アラスカの石油は他人がすでに発見したものだし、次に大油田を発見する可能性の高い場所を探したら、どうも北極海の多島海群島らしいということになり、それではカナダに行き調査の仕事をすることだと判断を下して、カナダの石油センターのカルガリーへ移ることにした。
スイスで無税で買ったニッサンを船に乗せて、大西洋を渡ってカナダに移住したことで、石油開発と取り組む人生がスタートしたのである。世界を大陸次元で捉える場に身を置くことになり、地球儀レベルで国際問題を考えているうちに、エネルギーにまつわる歴史についての知識が増え、考えられないことを考えてみる仕事が開始した。そして、二十世紀が石油の世紀だと理解したことを体系付けてみたら、石油を武器に使えば古い秩序を壊すことが出来るし、それが実現したら石油危機になると思い当たった。
そこで、一年ほど情報を集めて整理したものをまとめ、石油危機が来る可能性についての警告の記事を書き、「文芸春秋」の編集部に送ったが半年以上も返事はなく、がっかりしていたところに手紙が届いた。
それによると、原稿用紙がないのでレポート用紙に、横書きでぎっしりと文字を詰め込んだ私の原稿は、寄稿のイロハをわきまえていないものだし、どこかの「馬の骨」に過ぎない人間だから評価が低い上に、採用の対象にならないタイプの寄稿に属す。だが、石油危機の発想が面白いので時間をくれれば、財界の実力者に石油の重要性を論じさせ、その発表の後に石油危機の記事を出せば、注目を集められるという内容だった。
そして、数ヵ月後に八幡製鉄の藤井丙午副社長の名で、石油が大切だという記事が出たが、寄稿した記事は数ヵ月後に『文芸春秋」1971年6月号に出たが、それが日本のメディアへの私の初登場だった。日本では編集者に読んで貰い採用して頂き、奴隷の立場で記事の発表になるが、欧米では内容が良ければ馬の骨でも登場できるのに、日本には真の登竜門は存在しないのである。
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