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「さらば 暴政」を読みました
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:
プロジェクトラーニング
:2009/08/08(土) 10:13:52
ひたくれないさんのコメントを読み、しみじみした思いがこみあげました。私が大学生だった頃、藤原さんは定期的に日本に来られては、ネットワークで情報収集なさったり識者と対話をなされていたようですが、そのお忙しい合間にも時間を作って下さり、我々学生の鼻垂れ小僧らと触れていただき話しをして下さった。私もそのよき薫陶を受けた一人です。私は当時大阪に暮らしていましたが、私たちの東京の仲間から「藤原肇さんが来るよ!」という連絡をもらっては、なけなしのお金を払って新幹線に乗り東京まででかけたものです。藤原さんの話はやはり歴史観が多かった。いまでも鮮明に記憶に残っているは、1985年11月29日「国鉄総武線浅草橋駅炎上事件」というのがありまして、藤原肇さんはちょうどこの日の前から日本におられて、私たちがお目にかかった際に、この事件にやけに興奮なされており、あれは二・二六事件のようだと話がそこから始まった思い出があります。この宇宙巡礼で、どなただったか藤原さんを藤原先生と呼ばれていましたが(藤原博士とお呼びするのは大事だと思いますが)、私たちは当時藤原さんに、私を先生と呼ぶなと諭されたものです。今となってはその真意はわかりますが、鼻垂れ小僧としては、ただ言われるがままに、藤原肇さんと呼んでいました。ひたくれないさんの言うとおり藤原さんのスタンスはまったく変っていない。ですから私がこのスレッドで指摘した通り『さらば、暴政』は“読む人”にのみ読まれ、早くも書店から姿を消しているのです(初版の発行部数にもよりますが、今回の潮の引き具合はこれまで以上に早いような気がします。7月29日30日あたりに書店に出て2週間もせずして姿を消すというのは、どう考えても需要がないということです)。もう一言皆さんから吊るし上げ覚悟で言挙げしますが、藤原さんはもともとのタイトル(表題)は違ったのだとコメントされていましたが、前作『小泉純一郎と日本の病理』がそこそこ売れて少しは長く書店に姿があったのは、タイトル(表題)に小泉純一郎の名があったからだと私は思います。光文社の実利的な判断です。売れてなんぼ(だって広く読まれる訳だから)。吉田春雄さんのコメントを借用させていただくとすると、「エッシャーの絵やだまし絵の効果が組込まれていて」「(「著者が」ですよ)読者をふるいにかける」そんな書き手の上から目線の本を喜んで1,400円払って買う人は、その真価を知って“読む人”意外にはみあたりません。
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