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【マターリ】闇のS★Mスレ2【調教】
631
:
なんちゃって
:2007/05/18(金) 22:16:35
ちょとずつ返していくだすw
神道と沖縄
吉本はたぶんに柳田の考えを受け入れているので、
柳田がすでに著書で書いている部分は、自分では書いてないと思われ。。
該当する柳田国男の考えは、以下の引用部分かと思われ。
「島(沖縄の諸島)の歴代の記録を飜(ひるが)えして見ると、
我々が天神地祇の名をもって総称するところを、沖縄の方では
天神海神と呼んでいる。
あるいはまた、オボツカクラの君貢物が天神であるのに対して、
儀来河内 即ちニライカナイの君貢物(キンマモン)を海神だというのも、
しばしば引用せられる箇条であった。
君貢物の君は本来は巫女のこと、真物は正式の代表者という意味であったのを
後には神そのものの名と解したのは変化だが、
ともかくも海の信仰は独立してなお伝わっていたのいたのである。
この点が大和と沖縄と南北二つの島群の、かなりはっきりとした歴史の差異だったと
言えるのかもしれない。
しかし、一方には恵比須 (これはヒルコ=海に流された神※引用者註)のような
新しい神の倶通があり、また一方には中央に気づかれずに、
遠いむかしのままの海の祭りをしている例が、こちらでもまだ確かに見いだされる。
土地ごとの沿革を念頭におかずに、ただ表面に現れたものを代表として、
双方の異同を論ずることの危険は、お互いに充分警戒しなければならぬ。」
(「海上の道」柳田国男 筑摩叢書 P71「海神宮考」)
この「海上の道」は柳田が山岳信仰と根の国(海の向こうにある神の国)との
関係を探った柳田の代表作のひとつ。
引用部分だけでは、納得いきがたいとも思うが、もしご興味がおありならご一読の
価値はあるかと。
うむ、、、、今日は引用だけで、力尽きたww 丿
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