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【news+】ニュース速報スレ【全般】★3

1258名無し長右衛門:2008/05/24(土) 15:03:23
木簡に万葉集の歌 滋賀・紫香楽宮跡 歌集成立解明の手がかりに
5月23日8時2分配信 産経新聞

 奈良時代に聖武天皇が造営した滋賀県甲賀市信楽町宮町の紫香楽宮(しがらきのみや)(742〜745)跡から平成9年に出土した木簡の両面に、それぞれ和歌が墨書され、うち1首が最古の歌集「万葉集」の歌だったことが分かり、同市教育委員会が22日、発表した。木簡に記された万葉歌が見つかったのは初めて。木簡は万葉集成立以前に書かれたもので、歌集成立の過程などを探る画期的な発見として注目を集めそうだ。
 木簡に記されていたのは、「万葉集」巻16に収録されている「安積香山(あさかやま) 影さへ見ゆる山の井の 浅き心を我が思はなくに」。併せて記されていたのが、「難波津(なにわづ)の歌」として知られる「難波津に 咲くや木の花冬こもり 今を春べと咲くや木の花」で、いずれも漢字を仮名的に用いた万葉仮名で書かれている。
 2つの断片に分かれ、幅はいずれも2・2センチ、長さは14センチと7・9センチ。文字の大きさなどから、もともとは幅3センチ、長さ約60センチと推定できる。厚さは約1ミリ。「安積香山の歌」は7文字が、「難波津の歌」は13文字が残っていた。同市教委は、儀式や宴会で歌を詠むときに使われたとみている。
 2首は10世紀初頭、紀貫之らが編纂(へんさん)した「古今和歌集」の「仮名序」で「歌の父母(ちちはは)」と紹介されているポピュラーな歌。「源氏物語」などでも手習いの歌としてセットで登場する。今回の発見で、このセットの関係が『古今和歌集』を150年さかのぼることになり、これまで謎だった2つの歌の結びつきについても議論が高まりそうだ。

 木簡が出土したのは、宮殿などの遺構が確認されている紫香楽宮中枢部の西側の脇を流れる基幹排水路跡。同じ個所から出土した年号のある木簡13点から、天平15(743)年秋から745年春にかけて捨てられたと推定できるという。
 現地説明会の代わりに、25日午後1時から、甲賀市信楽町長野の信楽中央公民館で、「万葉歌木簡記念講演会」が開かれる。
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【用語解説】万葉集
 現存最古の歌集。全20巻からなり、仁徳天皇の時代から759年までの和歌約4500首を収録。大伴家持や橘諸兄らが編集したとされる。雑歌(ぞうか)、相聞歌(そうもんか)、挽歌(ばんか)に大別される。素朴で力強い歌風が特徴で、文学的評価は高い。「巻1」から「巻15」までが745年以降の数年間に成立。今回の木簡と同じ歌が収録された「巻16」と家持の日記がその後に増補され、782〜783年ごろに全20巻が成立したとする考えが有力。
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 ■木簡の歌の意味
 「安積香山の歌」(安積山の影までも見える澄んだ山の井のように浅い心をわたしは思っていないのです)
 「難波津の歌」(難波津に梅の花が咲いています。今こそ春が来たといって梅の花が咲いています)




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