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"悪質"カープの誘いの断り方

756名無し長右衛門:2008/08/14(木) 20:57:04
宇宙の中に神様が…。 傑作(0)
2008/8/2(土) 午前 0:57統一思想と根本問題解決宗教 Yahoo!ブックマークに登録  小さい頃、星空を眺めながら、ああ、なんて美しい空なんだろうと、心深くに感動を覚えたことはありませんか? 大人になるにつれて、心が冷めていく人もいるかもしれませんが、夏休みになると、流れ星を一晩中数えていたり、夕方、暗くなると星の数を数えてみたり…。そんな経験のある人もいるかと思います。純粋な幼心に覚えていることは深い感動そのものでした。

 しかし、星空を眺めているだけで、なぜ感動を覚えるのでしょうか?

 星空は本当に深くて高いものです。地上から見てみれば非常に高いところにあると思います。しかし、宇宙はどこまでも深いものです。「高い」ということばと「深い」という言葉は一見矛盾しているかのようですが、それは一つのものを表します。まさに神様はそのような存在なのです。

 仏教では「南無阿弥陀仏」という言葉を使います。「南無」とは帰依するという意味合いがあります。宇宙の深い深いところに存在される愛のお方に献身するという、非常にキリスト教的な思想が仏教のなかにもあるということです。

 私たちの生きているこの地球を含めて、「宇宙」というものは厳然と存在しています。しかし、そこに感動を覚えることができる、あるいは多くの人が信仰を持つにいたる上での体験…。それはだれしもができるものだということです。心に感動を覚えるのは悪いことではありません。自然の中、宇宙の中に存在している「愛」という存在にであっているからなのです。心に温かさを感じるのはまさに「愛」を感じているからなのです。私たちが理由もなく涙したり、感動したりできるのはそのような「愛」に対する感性があるからなのです。もちろん「愛」は目に見ることはできません。それでも、存在しているのです。物質でもなければ、触ることができるものでもありません。しかし、あってあるものなのです。

 聖書の中に「私は在って在るもの。アルパであり、オメガである」という神様の自己紹介があります。まさに、そのような神様は私たちの身近に存在し、ともに生きている神様だということをありありと感じることができるのです。

 神様が存在しないという理由がないのです。神様はいらっしゃるのですから…。


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