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【議論】武士道

52理想と現実:2002/10/24(木) 02:39
こうして明治時代には武士道は国内倫理の基礎とはならずに、忠誠の観
念はあらためて定義しなおされ、新しい内容と方向づけがあたえられた。
少なくともそれまでの五百年間は、実際の政治のうえで、武士道は、皇室
にたいする奉仕とは関係がなかった。サムライの忠誠は主として封建主
君たる大名にむけられ、サムライが大名をまもるために、最後まで官軍
に抵抗して戦った偉業がいくらも存在する。しかし、戊申の役の上野の戦
いや会津若松で死んだ「忠臣」は、天皇からすれば、天皇親政に反抗した
謀反人だった。真の忠誠は天皇にたいするものだけだったとの公式の政
治上の指導原理となったのは、明治時代を通じてだった。武士道神話は
つくらはしなかったが、過去七〇〇年の武家政治によっておおい隠され
ていた、神話的伝統に基づく感情と姿勢が、封建時代の努力と忠誠の
混乱を否定するために再建された。この事実は、ローマ帝国初代のアウ
グストゥスが、共和政よりもまだ古いローマの神話と信仰を復活させた
ときのことを想起させる。

日本の過去の状態と将来の可能性を正確に見定めるようにもっとも重要
なのは、以上のような経過と、二十世紀初期に行われた政治的・宣伝的
虚構を区別することである。天皇の神話とサムライの伝統の存在はどち
らも正しい。しかし、過去数十年間、これらは国粋主義者や帝国主義者
の宣伝の道具として利用され、信用を失墜した。とはいえ、この天皇神
話とサムライの伝統が、ナチスの意図的な紙上神話たる「白人の負担に
おいてのみ文明は進歩する」、「ゼネストの伝統による政治闘争」、「北方
民族は最優秀」との主張と同じく根拠薄弱な現象と考えるならば、歴史
事実に反するだけでなく、正しい政治的判断を誤るであろう。


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