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【議論】武士道

37貴族の型:2002/10/20(日) 04:05
成熟した文明社会では、どこでも、理想の人物像が
存在するようである。「理想像」は個々の階級やカス
ト、職業や信条に関係なく、民族全体にもっとも特徴
的で、もっとも尊敬に値する品格やたしなみをそなえ
る。この理想の胚珠は文化の春や初夏にあたる局面
に生まれる。秋の段階の間に理想像は意識され、輪
郭のはっきりした存在になり、最後に因習化されて硬
直する。この型の理想像に属するのはイギリスの「ジェ
ントルマン」、イタリアの「コルテジャーノ」、フランスの
「ジャンティヨーム」、古代ギリシャの「カロカガトス」、
古代ローマの「ヴィル・ホネストゥス」、中国の「君子」、
だった。日本では「サムライ」がこれに相当する。

これらの概念はいずれも、規則正しくはいえないが、
文明が部族生活段階から出発して約千年ほどもたった
ころに出現する。出現の時期は、文明が、古代王国、
聖職政治、都市の分立の諸局面を通過して、非宗教
的な世俗領土国家の段階に突入しようとするところに
あたる。それまでに、先祖の共同体の乏しく単純な階
級構成から、支配者像、戦士像、僧侶像、農民像、
職人像がつぎつぎと分化してきた。いずれの人物にも
一定の職能と特権、しきたりと決まりが付属した。ただし、
あくまで、すべてのひとに共通する広汎な社会道徳と
制度宗教の枠内においてだった。

新しい型の理想の人物像が出現するのは、この記念
碑的な社会構造が分解溶解し始めたときである。この
時代には、宗教と政治、芸術と文学、科学と経済とが
「信仰」ぞ時代には否定されていた自立を獲得しつつ
あった。そのかわり、相争う勢力の渦巻きにまきこま
れて、人間生活の統一は危機に瀕し、ばらばらな衝動
や向上心の欲求に抵抗できないほど弱くなっていた。

かつては騎士、僧侶、職人は、ひとつの職能を果たしさ
えすれば、社会有機体のなかで独自性を発揮できた。
ひとつの仕事に全人格をもってあたることが、要請され、
個人のすべての活動と態度は仕事によって規制されて
いた。新しい情勢下では、職能はもはや社会的宇宙の
なかでの位置づけを決める統合力を失ってしまった。
職能の地盤沈下の実例は、ドイツの場合がもっともあき
らかである。ドイツには厳密な意味での国民は存在しな
かった。人民は、実際には高度に専門化した個人の集
団によって代表され、専門家集団は独自の仕事の遂行
によって義務を果たしたが、専門家個人は、規制となる
中心像、意味深い姿勢、自己充足的な生活方法をもた
なかった。プロシアの軍人や役人は、はじめこうした中心
人物像の代用と思われたようだが、かれらの職能には
限界があり、階級による制約をうけた。とうていドイツ一
国内においてさえ普遍的な人物像になることはできなかっ
た。

しかし、イギリスのジェントルマン、中国の君子、古代ロー
マのヴィル・ホネストゥス、その他の成熟文明における
理想的人物像はまったく別の物だった。この型の理想
像のすべては、もともと、貴族の観念や態度から生まれ
はしたが、それを規範的存在にまでおしあげたのは、
貴族出身だとか、特別の職業だとかの事実ではなく、
個人としての性格や態度のすばらしさに基づいての
ものだった。

これらの人格規範を騎士的起源を認めるのは、中国
の場合でさえさして困難ではないがうまく混合したとき
に生まれる。あるいはまた、はっきりと規定はできない
が、古い時代の倫理的宗教的教えが、世俗的でもっと
も身近な規準に昇華したと思われる。「中庸」「親切」
「相手の身になる」などの特性があまねくいきわたると
きにも、騎士的起源の規範は国民的理想像になりうる。

こうして基準を体現する男(女)たちにたいしてこそ、シラー
「通常の資質は何を行いうるかによって評価されるが、高
貴なる資質は生まれつきそなわったものである」との言葉
があてはまる。善を構成するのは、仕事の遂行でも道徳
律の実現でもない。善は「あるがままの姿」でしか存在しえ
ない。


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