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【議論】武士道

1naribanana:2002/08/26(月) 11:22
「武士道とは死ぬことと見つけたり」
          (山本常朝『葉隠』より)

2bianco:2002/08/26(月) 13:36
え。死んじゃうの?
今すぐ?

3naribanana:2002/08/26(月) 13:48
日本人の死生観ですな

4bianco:2002/08/26(月) 14:18
三島由紀夫の「葉隠入門」は読んだ?
彼の解釈だけど、おもしろいよ。受け入れられるか否かは別として。

5オトコ命:2002/08/26(月) 22:58
本は読んではいませんが、昔の生死観は理解に苦しみます★
死を美化してるところが・・・・・★

6酩酊犬:2002/08/27(火) 17:44
神道、仏道の影響の多い日本人にとって
死しても魂は生き続け、生まれ変わってまた
主君に使えるなどという独特の死生観がありました。
「生き恥をさらす」などという不名誉な言葉があるのですね。
逆に死ねば、不名誉は無かったことになる。

先の世界大戦で「神風特別攻撃隊」による一番の戦果は
物理的な被害ではなく、死を恐れない日本兵の精神が
理解できなかったからだそうです。

ハイテクの武器、物量よりも死を怖がらない
兵士が一番怖いのですね。

7酩酊犬:2002/08/27(火) 17:55
テキストミス。

物理的な被害ではなく、死を恐れない日本兵の精神が
米兵に理解不能で多大な恐怖感を与えたことだそうです。

8ぱかせ:2002/08/27(火) 19:16
わたしねー、かれこれ20年ぐらい前、当時の新潮文庫になってた三島由紀夫全部読んだの。
っていうのはウソで、「葉隠れ」は読みきれなかったの。
数ページ読んでは、そこら辺においといて、、、
その繰り返し。
子供を産んだあとも、その放置本を傍らにおいていたけど、やっぱり放置状態。
いま、どこにいったかわからない。

うーん、生きているうちに一度は全部目を通したいものじゃ。

>>7
harakiriもそういうインパクトなんだよね。

9ぱかせ:2002/08/27(火) 19:17
お、送り仮名一つついただけですごくまぬけ。

10bianco:2002/08/27(火) 20:43
>>>お、送り仮名一つついただけですごくまぬけ。

むしろカタカナにすると、かっこいいよ。

ハガクレ

11オトコ命:2002/08/27(火) 23:22
・・・・・・★

12ぱかせ:2002/08/29(木) 09:00
ハナタレ

13bianco:2002/08/29(木) 14:23
ハナテン

14bianco:2002/08/29(木) 14:35
>>13
質問を待つ。

15オトコ命:2002/08/29(木) 22:01
はいはいはーい!!!!
bianco先生!!!!質問です〜!!!!!
ハナテンって、動物のテンのことですか!?

16bianco:2002/08/29(木) 22:23
ちがいます。
大阪の地名です。
放出と書いて、ハナテンと読みます。

17オトコ命:2002/08/30(金) 22:54
ほうしゅつ、ではないんですか?

18ぱかせ:2002/08/31(土) 09:15
「武士道」ではないのですが、私の父方の祖母の話を一つ。
祖母は関東某地の出身で、祖母のお父さんが武家の出だったそうな。
それで、医学部に通う祖父と知り合い後に結婚。
祖父は昔の戸籍でいう「平民」。
夫婦喧嘩などの際、祖母は「平民の分際で私に意見するのですか」と言うのが常だったとか。
大正昭和の時代に。

そんな夫婦喧嘩、いやだなぁ。

19名無しさんは権之助坂がお好き:2002/08/31(土) 12:05
世が世なら て話ですね。

20オトコ命:2002/09/01(日) 13:31
すごい夫婦喧嘩ですね(^^;
なんか、普通と逆だから笑えます・・・・(すみません)

21名無しさんは権之助坂がお好き:2002/09/01(日) 18:29
いやっ オトコ命さん
逆ではありませんよ。普通なのですよ。(我が家では)
笑わないで下さい。

22ぱかせ:2002/09/01(日) 20:12
>>21
すごーく興味をもってしまった。

23オトコ命:2002/09/03(火) 23:23
>>21
おいどんも、かーなーり津々♪

24名無しさんは権之助坂がお好き:2002/09/04(水) 08:35
突然ですが>>21です。
私の家庭に興味をもってしまたようなので言いますと、
私は養子ではないのですが「マスオさん」なのですよ。
妻の両親とは同居はしておりませんが、いわゆる「スープの冷めない距離」に
実家がありまして(私の実家は本州の北の方、しかも貧乏農家)今、住んでいる
家も妻の実家にかなり援助していただき(私の両親はなにもしてない)
必然的に私は妻の両親に頭が上がらず、今では妻にもはむかえず、
ただジーと時が来るのを待っているのです。
妻の両親はまだまだ元気なんだよな〜
このままだと私の方が先に逝くかも…

25ぱかせ:2002/09/05(木) 09:11
狂言師、和泉元●の母親が、
「わたくしもあと20,30年で逝くと思われます」
と言ってました。
羽野なんたらでなくとも「オイオイ」と言いたい気分であります。

26名無しさんは権之助坂がお好き:2002/09/06(金) 18:15
このスレ ちょっと変

27ぱかせ:2002/09/10(火) 22:05
どうぞもとの「武士道」にもどしてください。
失礼しました。
→24,25がらみは「命日」スレにでも移行ということでいかがでしょう。
 チーン!

28名無しさんは権之助坂がお好き:2002/09/11(水) 23:38
今日の買い物
『武士道』新渡戸稲造 岩波文庫 200円
読んでないけど、ザーと見た印象。
適切な引用が多いみたい
頁は薄いわりに内容は濃いのかな

29名無しさんは権之助坂がお好き:2002/10/04(金) 13:50
昨日ブックオフで
『士(サムライ)の思想』笠谷和比古 日本経済新聞社
を100円で買った。

マダ読んでない

30naribanana:2002/10/04(金) 20:59
笠谷和比古 っていつもどこかで見かける人だ。
武士系の。
(ここ議論スレにする?)

この間東武スパリゾートの憩い室で、「人間交差点」という漫画を読む。
裏にはブックオフの100円のシール。
しかし それにひとり涙する我。

31名無しさんは権之助坂がお好き:2002/10/04(金) 22:45
笠谷和比古プロフィール
http://www.nichibun.ac.jp/research/staff1/kasaya_kazuhiko.html
講演も聴けるみたい
http://www.nichibun.ac.jp/event/library.html

100円のシールの話可笑しいかった。
東武スパリゾートは高い所だよね。
はがし忘れたのかな

32名無しさんは権之助坂がお好き:2002/10/07(月) 23:34
一年まえに『弘道館述義』買ったまま読んでいない。
naribananaさんの祖先は読まれていたのでしょうね。

33naribanana:2002/10/08(火) 22:35
>>31
このページ良い!!
とっても勉強になります。
でも、ズーとしゃべってるんだったら、動画じゃなくて、音声と静止画だけでもいいんだけどな。

>>32
う〜んどだろ。
でも、藤田東湖と同じ時期の水戸藩なのでとっても可能性は高いと思います。
お墓も同じだし。
この間、たまたまバイトで水戸に行ったことがあって、生まれて初めて単独でうちのお墓に行きました。
墓参り自体子供のとき以来だったし、いつもは親に連れられていたけれども、
一人で行くととても精神的なものを感じました。
自分のルーツを実際に感じ取れるというか。
特に、今後の将来について悩んでいた時期でもあったので、なんかこの秋の墓参りって、ナイスエキスだったかもしれない。
水戸歴史博物館もまた然り。

34ぱかせ:2002/10/16(水) 19:33
ふえ〜、うちもばーちゃん系が水戸藩らしいです。
桜田門外の変に名前を残すほどではないでしょうが。
いまだに町名としてばーちゃん系の苗字があるです。
それで、その苗字ばかりのすごーく広い墓場にぽつねんとみすぼらしい墓石があって、戒名が「楽飲居士」と刻まれているそうな。
私はその方の直径かもネギ。

ぜひ一度、お酒を供えにうかがいたいです。
naribananaさん、ごいっしょします?

35名無しさんは権之助坂がお好き:2002/10/18(金) 04:25
先祖の足跡を辿りながら
自分を再発見するっていいですね。


武士道は個の完成を目指す思想だけど
江戸期の少なからずの武士や庶民が個の完成、
つまり個人の自立が出来ていた。
水戸藩や薩摩藩には多くの人材がいたけど、
やはり個人の自立が完成していたように見える。

だからこそ、維新という国の個の完成、
つまり国の自立も成功したといえるのではないだろうかモシカ

36名無しさんは権之助坂がお好き:2002/10/20(日) 04:00
クルト・ジンガー(Kult Shinger)著 鯖田豊之訳
『三種の神器』(原題 Mirror,Sword,and Jewel)
という日本文化を論じた本を読んでいたら武士道がでていた。
面白かったので今日から武士道について論じた章を転載する。
転載が終わるのはしばらく後と思う。

37貴族の型:2002/10/20(日) 04:05
成熟した文明社会では、どこでも、理想の人物像が
存在するようである。「理想像」は個々の階級やカス
ト、職業や信条に関係なく、民族全体にもっとも特徴
的で、もっとも尊敬に値する品格やたしなみをそなえ
る。この理想の胚珠は文化の春や初夏にあたる局面
に生まれる。秋の段階の間に理想像は意識され、輪
郭のはっきりした存在になり、最後に因習化されて硬
直する。この型の理想像に属するのはイギリスの「ジェ
ントルマン」、イタリアの「コルテジャーノ」、フランスの
「ジャンティヨーム」、古代ギリシャの「カロカガトス」、
古代ローマの「ヴィル・ホネストゥス」、中国の「君子」、
だった。日本では「サムライ」がこれに相当する。

これらの概念はいずれも、規則正しくはいえないが、
文明が部族生活段階から出発して約千年ほどもたった
ころに出現する。出現の時期は、文明が、古代王国、
聖職政治、都市の分立の諸局面を通過して、非宗教
的な世俗領土国家の段階に突入しようとするところに
あたる。それまでに、先祖の共同体の乏しく単純な階
級構成から、支配者像、戦士像、僧侶像、農民像、
職人像がつぎつぎと分化してきた。いずれの人物にも
一定の職能と特権、しきたりと決まりが付属した。ただし、
あくまで、すべてのひとに共通する広汎な社会道徳と
制度宗教の枠内においてだった。

新しい型の理想の人物像が出現するのは、この記念
碑的な社会構造が分解溶解し始めたときである。この
時代には、宗教と政治、芸術と文学、科学と経済とが
「信仰」ぞ時代には否定されていた自立を獲得しつつ
あった。そのかわり、相争う勢力の渦巻きにまきこま
れて、人間生活の統一は危機に瀕し、ばらばらな衝動
や向上心の欲求に抵抗できないほど弱くなっていた。

かつては騎士、僧侶、職人は、ひとつの職能を果たしさ
えすれば、社会有機体のなかで独自性を発揮できた。
ひとつの仕事に全人格をもってあたることが、要請され、
個人のすべての活動と態度は仕事によって規制されて
いた。新しい情勢下では、職能はもはや社会的宇宙の
なかでの位置づけを決める統合力を失ってしまった。
職能の地盤沈下の実例は、ドイツの場合がもっともあき
らかである。ドイツには厳密な意味での国民は存在しな
かった。人民は、実際には高度に専門化した個人の集
団によって代表され、専門家集団は独自の仕事の遂行
によって義務を果たしたが、専門家個人は、規制となる
中心像、意味深い姿勢、自己充足的な生活方法をもた
なかった。プロシアの軍人や役人は、はじめこうした中心
人物像の代用と思われたようだが、かれらの職能には
限界があり、階級による制約をうけた。とうていドイツ一
国内においてさえ普遍的な人物像になることはできなかっ
た。

しかし、イギリスのジェントルマン、中国の君子、古代ロー
マのヴィル・ホネストゥス、その他の成熟文明における
理想的人物像はまったく別の物だった。この型の理想
像のすべては、もともと、貴族の観念や態度から生まれ
はしたが、それを規範的存在にまでおしあげたのは、
貴族出身だとか、特別の職業だとかの事実ではなく、
個人としての性格や態度のすばらしさに基づいての
ものだった。

これらの人格規範を騎士的起源を認めるのは、中国
の場合でさえさして困難ではないがうまく混合したとき
に生まれる。あるいはまた、はっきりと規定はできない
が、古い時代の倫理的宗教的教えが、世俗的でもっと
も身近な規準に昇華したと思われる。「中庸」「親切」
「相手の身になる」などの特性があまねくいきわたると
きにも、騎士的起源の規範は国民的理想像になりうる。

こうして基準を体現する男(女)たちにたいしてこそ、シラー
「通常の資質は何を行いうるかによって評価されるが、高
貴なる資質は生まれつきそなわったものである」との言葉
があてはまる。善を構成するのは、仕事の遂行でも道徳
律の実現でもない。善は「あるがままの姿」でしか存在しえ
ない。

38貴族の型:2002/10/20(日) 04:06
別のひとは、ギリシャ神話の半神半人や巨人を思い起こし
ながら、原始的な生の統一を高次元の世界に実現し、より
広汎な範囲にわたって完成に到達するかもしれない。詩人
や予言者、哲学者、聖人、偉大な支配者は、自己のなかに
新しい生命の法則を見出し、新しい価値の尺を確立して、
最初の追随者の魂や、さらには範囲を広げて、民族の魂に、
神と人間についての新しい概念を吹き込むかもしれない。
かれらは民族精神の横糸ともいえる。

これらにたいして、イギリスのジェントルマン、中国の君子、
古代ローマのヴィル・ホネストゥス、イタリアのコルテジャー
ノは、縦糸を構成する。かれらは創造者でも、先達でも、革
命家でもない。国民は、かれらを通じて、社会の枠内で存
在すべき、優れた規範的基準として、役立つにふさわしい
と考えるものを表現する。社会の枠内におけるかれらの役
割、かれらの創造力ある天才との関係、共同体内によって
異なるであろう。多芸な趣味をもつイタリアのコルテジャーノ
と無頓着なイギリスのジェントルマンは、別の世界の住人で
ある。ジェントルマンは何事にも控え目で、遠慮しがちであること
を美徳や好みとする。しかし、これらの個々の特質は、共通
の背景と対比したときに鮮やかに映し出される。

こうしたやり方を、日本の騎士であるサムライと、武士道と
呼ばれるその掟に適用すれば、主題が長いので曖昧だった
議論の雲をきっと吹き払うことができると思う。しかし、まず
は、西洋人が、サムライと武士道の存在に接した奇妙な
方法についてふれておくことも無駄ではあるまい。


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