レス数が1スレッドの最大レス数(1000件)を超えています。残念ながら投稿することができません。
進化論と創造論の正否を論じる掲示板 -1-
-
生物の進化を考える場合、大きく分けで進化論と創造論の二つに大別されます。
進化論にも色々な考え方があり、創造論にも様々なバリエーションがあります。
そのそれぞれに関して、その正否を幅広く論じていきたいと思います。
これまで同じしたらば掲示板の「シン進化論と創造論についての第1掲示板」で
同じハンドルネームで投稿してきたので、興味のある方はそちらを参照してください。
知識の有無は問わず、進化論と創造論に関して興味があり、フラットな視点でその正否の議論を展開したい方の参加を希望します。
-
物理学は科学です。
化学も科学です。
生物学も科学と言えますね。
しかし数学は科学ではありません。
さて、進化論は何でしょうね。
-
この問いに答えるためには、上記の分類を完全に理解する必要があります。
それが理解できないと、回答は出せません。
底辺には無理です。
考えるだけ無駄ですね。
-
シラを切りとおす屑中の屑がいますね。
キリストにも見放されます。
終生救われないクズです。
-
底辺が頂点と同じ土俵に乗ろうと言うのは所詮無理な話です。
いくらどう足掻いてみたところで、ドン・キホーテの如く滑稽なものでしかありません。
何しろ決定的に理解力が不足しているので、結局何一つ理解できません。
持って生まれた資質なんで、何とも仕様がありません。
それでも底辺は諦め切れないんですね。
-
理解力の低さと執着の強さには相関関係があります。
反比例ですね。
何故かは良く分かりません。
-
発達障害はしつこく纏わりつきます。
マサに上の原理ですね。
知能の低さ加減が証明され続けます。
-
IQは40位ですかね。
-
つまりサポートなしでは生活できないレベルです。
-
更に執着をエスカレートさせている重度の発達障害がいますが、IQは35位ですかね。
一人では日常生活も満足に送れません。
-
この掲示板の標題は「進化論と創造論の正否を論じる」とありますが、実はこの言い方はあまり正確ではありません。
わざわざその様な標題を付けておきながら、と言う話ですが、まあ一般に分かり易くと言う意味合いで敢えて付けたわけで厳密に言えばあまり正しくありません。
デザイン論は進化に事実は認めますからね。
ポイントは何らかの知性の介在です。
その介在の方法は現代科学ではとても手に負えない問題です。
将来それが解明されるかどうかの見通しも立ちません。
しかし知性の介在なしにはこの現実世界が成立しえないのも明白な事実です。
その明白性はそこそこの知性が無いと理解できませんから底辺にはとても無理です。
その明白性を理解した上で事実の解明を進める、といのが科学の新しい方法論です。
それが完全な仮説に基づきますから、その仮説の十分な検証が言うまでもなく不可欠です。
それを十分に行うことは対象があまりに幅広く相当に困難な作業にはなりますが、それ地道にやるしかありません。
同時にそれは厳密なロジックを要求される極めて知的な作業でもあります。
まあ、一部AIにやってもらってもいいかもしれません。
その上で、その仮説を前提として事実に対するアプローチを行ったどうなるか、それを検証する訳です。
これは提案です。
恐らくこのようなアプローチは誰も行っていません。
ノーベル賞への近道ですよ笑
-
仮説の検証方法の一つとして、事実からその仮定を遡及する、と言う考え方があります。
つまり消去法的に選択肢を消していくのではなくて、その仮定が存在したとしてその事実から遡及できるかを検証する訳です。
全ての検証した事実から遡及できれば、それは一つの証明になりますね。
-
これは科学の方法論の効率化に対する一つの提案です。
かなり勇気がいりそうですね笑
-
それはつまり科学の方法論が迂回しているという事です。
例えば具体的に最悪の例は自然選択の痕跡を何とか見出そうとする努力です。
この全く無意味な努力に労力を惜しまない研究者も存在します。
そんなものはある筈もない訳で、あったと主張するのは勿論誤りです。
従って進化論のフィールドがそういった勢力で占められている以上は最も非効率な学術分野であり続ける訳です。
-
最も非効率であるだけではなく、最も非科学的であり続けるこの分野は更に宗教と非宗教が入り混じって混迷を深めます。
それを脆弱な理性でコントロール出来るという幻想に多くの人たちが惑わされます。
ダーウィンの妄想どころの話ではありませんね笑
-
底辺は更に執着を強め自らのIQ35未満の知能の披瀝に余念がありませんが、衣食住もままならないんですね。
-
生きるよすがは「荒らし」しかないんですね。
-
他にすがるものがないんです。
-
IQ35は想像を絶する世界です。
いくら心療内科や精神科を渡り歩いたところで発達障害が治癒される事はありません。
持って生まれた資質なんで生涯その疾患を抱え続けて生きることになります。
その障碍者が唯一出来ることが「荒らし」なんですね。
-
発達障害は決して治癒しません。
心療内科や精神科をいくら当たってみても気休めにもなりません。
一生その生涯を背負って生きていくしかありません。
それ自体は疾患ですから非難されるべきものではありませんが、それが荒らし行為を正当化する理由には勿論なりません。
自分の行為の責任は自分で負うしかないのです。
その原因が疾患にあってもそれは変わりません。
非難され忌避されるのも自業自得でしかありません。
-
何しろ知能が低いので、本人は自分の行為が荒らしにあたることも理解出来ないでいるでしょう。
全てはその低知能と無自覚に起因しています。
それはつまり疾患です。
-
このスレの閲覧者は前のスレから追いかけてきている例のお決まりの底辺連中+αですが、勿論望みを託しているのは+αです。
底辺の相手は有害無益、その理解能力が極めて劣るものに語り掛ける意味はありません。
かといって+αの中にどんな人たちがいるのか分かりませんが、取り敢えずターゲットはその中の分別のある人たちという事になります。
そういう人たちの存在に希望を託すしかない訳ですが、その保証がある訳でもないので取り敢えずこちらの考え方を表明すること、その中で自分の考え方を整理する事自体に意味を見出すしかありません。
無知、無理解、一方的な思い込みによる執拗な絡みは単なる迷惑行為ですが、それが理解できないのが底辺たちです。
それは全て低知能と無自覚に起因しています。
疾患ですね。
-
ID論を非宗教として警戒するバチカンの主張も色々と矛盾に満ちています。
進化論を認めながら魂は神によって創造されたと述べたり、生物は自然法則によって進化する様に神によって創られたと言ったりしています。
中らずと雖も遠からず、の部分もありますが色々混乱していますね。
ID論を警戒しながらもID論に近似した主張も行っています。
そもそも宗教と科学は折り合えません。
そこに論理的整合性を求めるのは所詮無理な話です。
聖書原理主義者の主張も極端です。
若い地球説を唱えるその主張は疑似科学と呼ばれたりしますが、とても科学の名に値するものではありません。
そういった人たちがID論を支持したりしている訳ですから混乱の極致ですね。
-
進化論は唯一宗教が介在してくる自然科学の分野です。
科学であれば何ら宗教を介在させる必要は無い訳ですが、そうはいかないのが進化論です。
宗教者サイドからの主張、唯物論サイドからの宗教と決め付けようとする主張等が入り乱れ、混乱を極めます。
その中で多くの人たちが整理して考える道筋を見失っています。
-
西欧を長期にわたって支配するキリスト教の存在がその大きな原因です。
-
キリスト教の普及はローマ帝国の精神的廃退のアンチテーゼと言う側面があります。
キリスト教の核心は自己犠牲と利他主義です。
それは人間の本能に根差しており、それが共感を呼び起こす原因です。
欲望に対するアンチテーゼとしての本能です。
それを根幹に置くキリスト教は道徳律として西欧社会の精神的支柱となります。
それがキリスト教が支持される大きな要因ですが、宗教は何度も説明して来た通り検証を孤絶します。
一方で権威化した宗教は弾圧と排除の動機となります。
絶対権力は絶対腐敗する、の格言は宗教も例外とはしません。
-
バチカンで取りざたされている腐敗は正にこの話です。
その一方でバチカンは科学に寄り添おうとしますが、それは所詮無理な話です。
宗教はある部分で必ず検証を拒みますから最終的に宗教と科学が折り合うことはありません。
その宗教であるキリスト教が長らく西欧精神を支配し、未だにそこから脱却しきれません。
科学は宗教から切り離さなければ存在し得ませんが、進化論においては逆説的に宗教によって科学が阻まれます。
それは宗教のアンチテーゼである物質主義と科学の混同です。
つまり物質主義を科学と信じ込み、非物質的な存在を宗教と見做すと言う錯覚を犯すことです。
-
この物質主義と科学の混同は宗教とは無関係に多くの科学者達にも散見されます。
物質主義と科学を同一視している限りは巨大な未知の不安に足を踏み入れる必要はありません。
その未知に対する臆病が物質主義に逃げ込ませます。
踏み込む勇気が無いんですね。
-
それも一種の知性の敗北です。
-
バチカンは腐敗を隠ぺいします。
一方でデタラメな論理で科学と寄り添います。
本質で折り合うはずもありません。
つまり根本が破綻しています。
-
嘘を吐いてシラを切り通そうとする劣悪なクズとはさすがに一緒にされたくはないでしょうが。
-
キリストの顔に泥を塗る劣悪なクズです。
-
何時になったもその自分の醜悪な姿に気付こうともしない低知能の障碍者です。
-
だからその独りよがりの妄想に凝り固まった無知の醜態を曝して平然としていられるんですね。
-
嘘を吐くことがその生業です。
-
終生救われません。
-
クズ中の屑ですからね。
-
自分の特定の独善的な思い込みに囚われてそこから一歩も動けずに同じことを呪文のように唱え続けるしかできない異常者です。
-
凝り固まった自らの宗教脳を偽り全ての理解を拒絶して独善に走ってそれをドレだけ指摘されても一顧だに出来ない完全な異常者です。
-
それで自分はいいつもりでいるんですね。
それがどれだけ警告されても止められない荒らし行為に駆り立て何一つ自覚することの出来ない原因です。
-
そしてこれだけ指摘され非難されても。また平然と同じことを繰り返して懲りることがありません。
-
自分で止めることが出来ない、自分を制御することが出来ないんです。
-
終生救われないクズです。
-
誰が見てもそれと分かるカソリック満載の発言をしながら信者ではないと嘘を吐き続けます。
バレないと思うんですね。
どれだけ低知能なんでしょうね。
-
思考停止のカソリック丸出しの発言を続けながら唯物論者を名乗りデタラメな科学論を得々と披瀝する。
自らのその滑稽な醜態に気付きもせず、です。
単に知能が低いだけではないですね。
何かに憑りつかれたかの様なその異様な姿は何と形容すればいいのか。
-
その凝り固まった宗教脳は宗教の最も基本的な方法論さえ理解しません。
信じる事の意味が分かっていなんですね。
それでなんだかんだと宗教を語ろうとするわけです。
それも自分が宗教者なんで得々とやります。
自分ではいいつもりなんです。
怖いですね笑
-
科学と宗教は方法論が真逆ですから折り合う筈もありません。
どうしても折り合いたければ宗教が科学の軍門に下るしかありません。
しかしそれでは信仰ではなくなります。
つまり宗教であることの放棄です。
折り合うためにはそれだけの覚悟が必要です。
-
つまりバチカンの科学に寄り添おうとする主張も極めて滑稽。
完全に軍門に下る気もない訳ですからね。
-
科学として考える正しい道筋は宗教を完全に排することです。
宗教を介在させるのは科学として無意味です。
宗教を科学的に解明しようとするなら別ですが。
宗教は混乱の要因にしかなりません。
しかし未だ西欧社会はキリスト教の影響下にあり、日本においてもID論を主張する多くの人たちに宗教的な背景があります。
ID論を宗教から完全に切り離すにはかなり強靭な理性が必要ですが、それを持ち合わせている人は少ない様です。
-
誰が見てもそれと分かるカソリック満載の発言をしながら信者ではないと嘘を吐き続けます。
バレないと思うんですね。
どれだけ低知能なんでしょうね。
思考停止のカソリック丸出しの発言を続けながら唯物論者を名乗りデタラメな科学論を得々と披瀝する。
自らのその滑稽な醜態に気付きもせず、です。
単に知能が低いだけではないですね。
何かに憑りつかれたかの様なその異様な姿は何と形容すればいいのか。
その凝り固まった宗教脳は宗教の最も基本的な方法論さえ理解しません。
信じる事の意味が分かっていなんですね。
それでなんだかんだと宗教を語ろうとするわけです。
それも自分が宗教者なんで得々とやります。
自分ではいいつもりなんです。
怖いですね笑
終生救われないクズです。
-
それにしてもバチカンの右往左往するデタラメ振りは笑えます。
旧約聖書の天地創造と進化論、どう折り合うんでしょうね。
天地創造は単なる比喩である???笑
-
創世記は丸々比喩ですか???笑
-
聖書をフィクションと認めるのか、科学が虚構と言うのか、どっちですか???笑
-
事実と虚構の区別すら付けられません。
-
終生救われないクズです。
-
バチカンも色々と醜聞まみれです。
進化論がド〜のと言ってる場合ではありませんね。
先ず自ら襟を正すことから始めないと。
-
ある意味自分の信仰を偽るクズと同根なんですかね。
-
仮面はいつか剝がされます。
屑の場合はとっくにはがされてますが笑
-
それでも尚科学がどーの、宗教がド〜のとデタラメを語り続けます。
ホントに馬鹿なんですね。
-
発達障害と凝り固まった宗教脳が混然一体となって最悪なものとなっています。
それで科学だ宗教だと呻くんですね。
とても気持ちが悪いです。
-
どーゆー錯覚をすればそーなるのか分かりませんが、自分はいいつもりでいるんですね。
この異常性は怖いです。
-
この世界の成立のために設計が必要であることは自明です。
改めて説明するまでもありません。
要はそれを受け容れるか受け容れたくないか、と言う話です。
頑迷は物質主義者たちは徹底抗戦しますね。
嘘を貫くクズの大好物のテーマです。
カソリックでありながら唯物論者を自称するデタラメ振り。
事実と虚構の区別すら付けられません。
その凝り固まった宗教脳は宗教の最も基本的な方法論さえ理解しません。
信じる事の意味が分かっていなんですね。
それが発達障害を抱える低知能の産物です。
未だに嘘を吐きづづけますね。
バチカンを擁護するそれがバレないと思う低知能です。
嘘を重ねて宗教脳唯物論を吹きまくります。
バチカンも顔色なしですか笑
-
自らの信仰を隠して何が楽しいんですかね。
それでいながら宗教丸出しの発言の連続。
そのマヌケな自分の姿にすら気付かない理由が驚くべき低知能にあるのは言うまでもありませんが、それで何かいいことがるとでも思いこんでるんですね。
この異常ぶりは奇怪です。
-
この発達障害は病気です。
本当に知能が足りないんですね。
自分の嘘がバレていることさえ理解できません。
言う事が全てデタラメなのはこの低知能であれば当然ですが、異常な思い込みによる無自覚は本当に常軌を逸しています。
日常生活も当然デタラメ、一人では満足に遅れません。
ひたすら信仰を隠しながらデタラメな宗教脳を披瀝し続けます。
-
サポートなしでは送れない生活の中で荒らし行為が唯一のこの屑の存在証明です。
-
他に出来ることが何もないんですね。
教会でデタラメな祈りをささげる以外に。
-
科学の意味が分からないのは当然ですが、自分の信仰の意味すら理解していません。
妄想と現実の区別が付かないんですね。
痴呆状態です。
-
それを平気で曝し続けます。
異常の極致ですが、それすら自分では分かりません。
醜態を晒すのが好きなんですね。
-
そしてまた嘘を吐きます。
痴呆は同じことを何度でも繰り返します。
-
バチカンの腐敗と同根、バチカンには悪いですが。
-
バチカンはID論が宗教ではないことは理解していますが、この痴呆にはそれが分かりません。
まあカソリックの面汚し、キリスト教徒の名にも値しません。
-
だから神って誰様にすがるんですね笑
とても気持ち悪いですね
-
また馬鹿が知ったかぶりしてデタラメ書いてますね。
生き恥晒して恥ずかしくないんですかね。
何を言っても神様神様、カソリック馬鹿丸出しです。
言ってる内容全て嘘とデタラメ。
知能が低いんで何ひとつまともに理解できません。
言ってる事も支離滅裂。
それで自分でいいつもりでいるんです。
宗教の話になると思い切りのめりこんできますね。
カソリックの面汚しです。
それにも自分では気づけません。
本当の屑です。
-
屑呼ばわりもこの異常な発達障害の虚言妄想カソリックにはご馳走なんですね。
-
本当の異常者です。
-
唯物論者と公言しておきながら、神様、人の思い、宗教信仰は存在証明、挙句科学は人の価値観、と来る。
よくこれだけ誰でもわかる様な矛盾だらけのあからさまな嘘とデタラメを並べますね。
バチカンの醜聞、論理破綻からは目を背け、ひたすらバチカン様のお言葉を礼賛する。
ダーウィンを盲目的に信じ込みながらその根拠を何一つ示せない。
ID論を人の妄想と決めつけ目の敵にしてそのロジックを全く理解しない。
ロジックの意味すら分からない。
科学、宗教、信仰、それぞれの方法論、これら全てを理解出来ず自分の妄想の世界だけで生きている。
この凝り固まった異常性は生来のもの。
終生治癒される事はありません。
-
複数の人たちの目に触れるネット掲示板でよくもここまでデタラメが書けるな、と言う感じですね。
-
一貫しているのは対立宗派であるプロテスタントに対する強い攻撃性です。
それも自分の妄想に駆られて出柄目なロジックで攻め立てるんですから、プロテスタントもいい迷惑でしょう。
ID論はその巻き添えを食っている感じです。
ID論を何一つ理解せずにただその宗派の一部が支持しているという理由で非難を止めない訳です。
それが発達障害で何事も理解しないのがやってるんですから話になりません。
-
ダーウィンに対する盲信振りも以上です。
自分のカソリック信仰の元締であるバチカンが進化論容認の発言したことがそんな盲信を生んだのか、発達障害のその辺りの事情は全く不明です。
-
盲信振りは異常ですね。
-
唯物論者の仮面はID論を否定する時にだけ顔を出します。
実体が存在することを証明しろ、と言う訳ですね。
それが論理的帰結であることをどれだけ説明しても理解しようともしません。
執拗にその実体証明を迫ります。
そしてそれ以外の場面では言ってることは神様、宗教です。
科学の方法論に関する理解も極めて拙いです。
かろうじて理解しているのはフランクリンの雷実験だけですね。
この科学の黎明期の子供じみた実験が理解できるマックスです。
ダーウィンの自然選択論についても何一つ理解していません。
何の根拠もなく信じ込みます。
それでいながら科学だその方法論だと譫言の様につぶやき続けます。
人の主観的な価値観の介入を許さないのが科学であると言う基礎中の基礎すら理解出来出ません。
理解が完全に真逆なんですね。
その知能で知った風な事を書き続けます。
信仰と妄想が本人の中で混在し整理が付けられなのに妄想を吐き続ける異常な精神構造の持ち主です。
それは疾患であり生涯治癒される事はありません。
-
一切自分を省みることが出来ないんですね。
これだけ指摘され暴かれてもソレを何一つ受け止められない。
挙句自分が質問する権利があると思い込むわけです。
この異様で奇怪な姿が自分では全く見えません。
そして同じことをいつまでも臆面もなく繰り返すんですね。
その障碍を背負い続けて生きる訳っです。
-
それがIQ35の世界。
-
執着振りも常軌を逸しています。
-
得体が知れないですね。
-
自分が嘘を吐き続けて来たことに対して一体どー思ってるんでしょうね。
-
本当に得体が知れないです。
-
神様、人の思い、宗教は存在証明、自分の信仰を書きまくってますね。
自分の対立宗派であるプロテスタントを敵視しまくり、その一部の支持するID論をヒタスラ排撃しようとします。
自ら信じるカソリックの元締めのバチカンの醜聞からは目を逸らし、折り合う筈のないバチカンの矛盾に満ちた主張を盲目的に礼賛します。
これだけ極めて分かり易いカソリックでありながら自ら唯物論者と名乗ります。
その嘘をいつまでも続けて偽り続けます。
そんなウソが誰に通用すると思うんですかね。
挙句科学は人の価値観、ですよ。
これまた子供でも分かる真逆の理解、こんなデタラメを繰り返して平然としています。
このレベルなんで、自然選択論もID論も何一つ理解できません。
それでも猶自分の嘘を認めることが出来ずに醜態を曝し続けます。
-
自分の嘘がバレていないと思ってるんですね。
その判断自体が極めて低い知能の証です。
自らの誤りを糊塗するためにまた嘘を重ねます。
誰が見ても明らかなウソと矛盾とデタラメを繰り返して平然としています。
この異常神経は何処から来てるんですかね。
対立宗派であるプロテスタントの敵視も尋常ではありません。
今の時代これだけキリスト教宗派対立を前面に打ち出すひとはいないですよ。
対立宗派の一部が支持していると言う理由でID論を徹底的に排撃しようとしますが、カソリックでもID論を支持している人はたくさんいます。
浅薄な知識ではそんなことも知らないんですね。
ID論攻撃理由も「人の思い」一点張りで完全な思考停止状態。
他の事が全く頭に入ってきません。
その幼児的な思い込みで同じことを言い続けます。
嘘を暴かれデタラメと無理解を蔑まれる、これら全てが実は至上の悦びなんですね。
これ以上餌を与える必要はありません。
-
宗教の母体は無知ですから、この世界の事象が全て解明されたら宗教の居場所は無くなります。
逆にまだ未解明の事象が存在する限り、宗教は存続し続けます。
もう一つの宗教を育む土壌は脆弱な理性です。
強靭な理性が存在すると宗教の居場所も制限されます。
ダーウィンの時代、現代に比べると遥かに無知が横行しました。
その中で誕生したのが自然選択論です。
さらにダーウィンと他の人たちの脆弱な理性は今なお自然選択論信仰を生き長らえさせます。
現在なお、未知の事象の方が遥かに多い状況の中で、宗教は依然として大きな存在として在り続けます。
-
進化は基本的に再現不可能ですからそれはつまり検証不能という事です。
そこに付け込んでいるのが自然選択論ですね。
その数少ない観察事例とされる工業暗化もダーウィンフィンチも共に何の証明にもなっていません。
それでも猶自然選択論信仰が生き残っているのは、その再現検証が不能であるという事実に拠り所があります。
そこに逃げ込めるわけですね。
つまり口では何とでも言える世界です。
その口実により、ロジックの矛盾さえ封じ込みます。
勿論科学である訳もありません。
-
現代科学の進歩は設計者の存在の傍証となります。
それが科学の進歩の過程で明らかにされます。
解明されていく事象は全てそれを示唆し続けます。
そこから敢えて目を逸らす、或いは何とか他の言い訳を探そうとする、それは徒労であり科学の進歩を迂回させるものです。
進化論はその極めて象徴的な事例です。
-
科学史上、ダーウィンが無価値であることはいずれ歴史によって証明されるでしょう。
どころか有害無益、進化論を大きく迂回させています。
生物が進化する事は、ダーウィンより50年以上前にラマルクによって提唱されています。
さらにその主張は誤りも多いですが現在尚意味のある示唆を与えるものがあります。
それに対してダーウィンの貢献はゼロです。
その際立った勤勉さは主張の正当性を何ら担保しません。
またそのレトリック、イギリス人好みの持って回った言い回しもむしろ科学とは対極の存在です。
ダーウィン自身が科学と言う言葉を殆ど使ていないにもかかわらず、その主張を科学と称する元凶は1930年代に総合説を主張した集団遺伝学者たちです。
それはその後脆弱な理性によって引き継がれます。
-
淘汰圧と言う言葉もかなり安易に使用されます。
自然選択と同じ意味です。
それが使われる前提は進化です。
しかし進化の為には変異と選択がセットであることが必要条件です。
多くの場合変異の観点がスッポリ抜け落ちていますね。
それでは進化は起こりません。
基本中の基本です。
こんな迂闊な思考が横行しています。
-
更に致命的なのは変異が選択される過程の理解です。
殆どの人はそこまで想像が至りません。
どの様な過程を経る必要があるのか、それが全く考察できないんですね。
この想像力の決定的な欠如が自然選択論を生き長らえさせます。
-
現代科学が明らかにしつつあるのは、普段当たり前のように考えられている事柄が実は極めて精巧なシステムによって初めて成り立っていると言う事実です。
そして更にそれらのシステムは単独では存在し得ず互いにこれもまた極めて周到な連携を持ち、その関係性の上に成立していると言う事実です。
これを人間原理で説明しようとする考え方がありますね。
ホーキングも人間原理の支持者です。
しかし人間原理は単に循環理論に過ぎない、と考えるべきです。
つまり結局何も説明し得ていないという事です。
結局何故人間が存在するかと言う問いには全く回答できません。
-
一種の逃避理論ですね。
この生命が誕生する極めてゼロに近い確率を説明するためにマルチバース理論で宇宙が殆ど無数に存在する事にその根拠を求める事も行われていますが、これも同様と言えます。
設計者の存在から逃れようとするとこれ位しか説明の手立てがありません。
しかし一方設計者の存在を想定するとその先には限りない闇が存在しますね。
その闇に直面することは恐怖すら伴います。
でもその恐怖から逃げまくっていては、結局別の根拠の乏しい考え方に逃避するしかなくなります。
そこで問われるのは理性的な判断です。
脆弱な理性が通常ですから難しいですね。
どちらから逃げるか、どちらを避けるべきか、その判断と言う話です。
-
科学者もいずれその問題に行き着くことになります。
それは一義的には解釈論ですが同時に方法論でもあり得ます。
科学の方法論の効率性の問題ですね。
これには極めて強靭な理性と判断力が要求されます。
相当強いプレッシャーにも曝されますが、理性がそれに耐えられるかどうか、ですね。
-
前適応、適応放散、共進化、何れもよく目にする言葉ですが、これによって何が説明出来ているのかいないのか、極めて曖昧です。
適応とか進化の言葉が入っているのであたかも自然選択論で説明がついているかのような印象も与えますが、何れも自然選択論では全く説明が付きません。
説明出来ていないのに出来ているかのような印象を与える一種詐術的な言葉です。
進化論界隈では、このような言葉遣いがよくされますね。
言葉の定義すら曖昧です。
科学の世界ではありません。
|
|
|
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板