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4次元的理解と人類のシンギュラリティについて

7:2022/12/17(土) 19:40:08
誰も書き込むことはないと思うので、これから日記みたいに書き込んでいこうと思う。
今しがた、夕食を食べた。いつも通りだと思う、ただここ数日近くばかり見ていたからか、乱視が明らかに進んでいる、この新しい理解が関係しているのかどうか、因果関係は分からない。
気づいたことと言えば、やはり自分の中にほんの少しだけ心臓を気にする意識がある気がする、身体がほんの少し身震いしているような気もする。
色んなことが分かったような気がするから、それに高揚しているからか、あの理解が関係しているのかは、分からない。
ただ、本能的に怖さを感じるような気もする、瞑想、マインドフルネスが大事だと思う。身体と心の全体的統合的調和の感覚が大切だと思う。
バランスが崩れるかどうかは自分次第であるとも思う、崩れるかどうかも分からないが。いつの間にか自我が消失していることが一番怖いのかもしれない。
いわゆる時間をかけてこの新しい感覚に慣れていくしかないと思う。

クオリア問題が解けないのは、3次元的理解を前提にしているから、当然だと思う。
俺のクオリアは俺だけのものであって、自我の形成過程から考えて、他人と共有できるはずがない。将来的にどうなるかは不明だが。
もう少し敷衍してみると、俺のクオリアというのは、俺のクオリアであって、俺のクオリアではない。
なぜなら、時剋の極促という観点からは、「私」は常に変容し続けているから。でも従来の三次元的理解から俺のクオリアと思うことができ続けているということになる。
俺にとってクオリア問題は解けた、否、解けていると理解している、解けていると思っている、この伝え方の方が正しい。
ただこれも当たり前であるが、俺だけしか実感できない。
本当の意味で解けたというのは、理解を体系化して伝わる言葉にしないといけないがどうしたものか。
すべてそうだが、思い込みであるから、かなり難しい。
3次元的理解における問題は、目の前にある問題であり、私たちの中にある問題である。
まずそこからだと思われる。

人間の理解のやり方、実感の仕方が変わるというのは、コペルニクス的転回かもしれない。
どうにか3次元的理解で分かるように落とし込みたいが、結局のところ分かる人にしか分からないのかもしれない。
またスピリチュアル体験というのは、おそらく無自覚に到達してしまった人かと思われる。
想像上の写像を現実と思い込んでいるか、本当にそのような体験があるのか、いずれかであろう。
ただ言葉を持たず無自覚であればそれが宇宙人の存在だと思い込むのもなんとなく分かる気がする。
自覚的になるには、言葉を持つ必要がある、極限的な内観の訓練も必要だと思う。

これまでに述べた思考が、すべて脳の異常であるとしたら、そういうことだと理解できる。
ただ客観的に見て、従来の異常な思考と正常な思考のどちらもできる状態、それを言語化できるというのは稀な存在だと思うので、まずは俺を著名な学者に精神分析してほしいとも思う。
まだ読んでないので知らないが、もしかしたらヴィトゲンシュタインの語り得ぬものとはこういうことだったのかもしれない。


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